第2話 アイドルに何が?
「あ…はい」
「殊更慎司さんですか」
「何故、私の名前を?」
「さっき、銀髪の女性が近づいてきて、困ったことがあれば、ここにメールしなって…、そのうp主は、ここにいたら現れる、BMXに乗ってね。悪い人じゃないし、しつこく聞いてくる人じゃないから。一人で悩んでいるなら、そいつに吐き出してみたら少しは、楽になるんじゃねぇ。まぁ、私には関係ないけどね、要らなければ捨てて、じゃぁ、って…」
青い傘の女は、そう言うとメモの切れ端を見せてきた。そこには、慎司のメールアドレスと事務所の電話番号が書かれており、紙の切れ端には、花形のマークがつけられていた。
あいつか…、花の奴…。でも、何でこの女のことを知っているんだ。面倒なことに巻き込まれるのだけは、勘弁してくれよ…と、慎司は思っていた。
しかし、青い傘の女の小動物が縋るような弱々しさは、突き放すには重かった。
「ここでは、人目もある。よければ、近くに事務所がある。そこで話を聴こうか」
青い傘の女は暫く固まった後、こくりと首を垂れた。空き地を抜け、大橋に差し掛かると、橋の上は人混みで溢れていた。
「何だ、これは?」
「Cat's-Cat'sって言う地元アイドルの握手会です」
Cat's-Cat'sの運営側は時折、隠れた場所でゲリラライブを行った後、人目に付きやすい近場で迷惑行為承知の握手会を開いて注目を浴びさせていた。
「何でこんな場所でやってるんだ、なぜ、許可されるんだ」
「されていないのに決まっています、ゲリラライブですから」
「苦情が出るだろう」
「それが狙いみたいですよ。実際、地元新聞で取り上げられたことがあって、一気にファンが増えたもの」
「やり方が、危なすぎねぇーか?」
「そんなの知りませんよ」
青い傘の女が初めて、感情を顕にした。
「うん?、何故、君はそんなことを知っているんだ」
久しぶりに面識のない、それも若い女性と対面で話した慎司の焦りと緊張感は、顔には出さない様にしていたが、日頃の思考力を麻痺させていた。そう問いかけると同時にはっと我に返り、彼女の衣装が、握手会をしているアイドルに酷似していることに気づいた。
「まさか…」
「そうです…私も…メンバーです。いやメンバーだった、かな」
「…何が何だかわからないなぁ。兎に角、今ここにいる君が現実だとすれば、彼女たちに会いたくない、会えない理由があるんだろう…、でも、ここを通らなければ、事務所には行けないし、遠回りするか、強行突破するか…」
「そのフード付きのダウンジャケットをお借りできませんか?」
「これか?」
「はい」
思考力を再起動した慎司は、彼女のやりたいことに直ぐに気づいた。
「強行突破か…、よし、一気に行こう」
慎司は、BMXを近くにあった鉄柵にチェーンロックで止め、ダウンジャケットを脱ぎ、彼女に渡した。彼女は、厚底の靴を脱ぎ、BMXの側に置き、裸足になった。小柄な彼女を包むには、フード付きダウンジャケットは充分だった。
「よし、行くぞ、何があっても手を離すなよ」
「うん」
慎司は、彼女の手を強く握り、一気に橋の欄干沿いに駆け抜けた。
「あ、痛たた…」
「なんだよ、ちゃんと並べよ」
「すいません、すいません」
「通してください…すいません」
ぶつかり、ぶつかり、揉まれて、揉まれて、突き進んだ。
「ふ~、何とか抜けたな、大丈夫か」
「うん」
「あっ」
慎司は必然とは言え、若い女性の手を握りしめていた恥ずかしさで動揺を隠せないでいた。
「大丈夫ですよ。こんなに強く握りしめられたのは、初めてかも」
もし、鏡が目の前にあったら、絶対に自分の顔を見たくないと思った。
「さぁ、後は、この通りを横切るだけだ」
目前の道路は渋滞で、停滞していた。車の合間を摺り抜け中央分離帯に。反対車線は、盆などの渋滞映像のように空いていたから、注意さえすれば、容易に渡れた。ロータリーを走り抜け、タクシー乗り場に差し掛かった。
「ちょっと、ちょっと、待って…」
「どうした」
「水、水を飲ませて」
「ああ、水か…持ってるのか」
「さっき、貰ったの」
「貰った?…まぁ、もう、ここまで来れば…、でも、急いでくれ、人目に触れるのは危険だからな、見た目は、どう見ても怪しさを醸し出しているから」
慎司も青い傘の女も、運動量と緊張感からか、息切れが激しかった。
「うん、ありがとう」
彼女は、右手に握り締めていたペットボトルのミネラルウォーターのキャップを、パッチと音を立て開けた。そのボトルのウォーターを一気に三分の一程、飲んだ。
「ふうー、…う、ぐ、う、ぐああああ」
「どーした?」
彼女は、両手で首を掻き毟るようにし、苦しみながら倒れた。
「だ、大丈夫か…、どうした?」
「つ・つ・塚原め・めぐ・み・に…」
そう言うと、彼女は白目を剥き、口から泡を吹いて絶命した。
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