第11話 デスゲームは終わらないっ!

「あ、アカリさん、お疲れ様ですー」

「お疲れ様です! めっちゃ良かったです!」

ドアから銀色のカートを押して出てきたアカリを、私と水瀬が出迎えた。

やはり私たちが即席で考えた、ただ肌色に塗ってよく分からない装飾を付けたキラーマシンとは格が違った。


「ありがとうございますー!」

アカリはアイドルらしい柔和な笑顔でいった。

先ほどの、メイドに対して冷たい口調で命令をしていた時の雰囲気とも違い、さらに黒い炎が瞳に宿っていた時とも違い、温厚で親しみやすくて可愛いロリ少女の笑顔であった。


「それにしても、あんなキノコ、よく手に入りましたね。禁制品じゃないんですか?」

「いやー、まぁ詳しくは言えないですが、草壁が頑張ってくれて……」

アカリはそう言うと、私の背後に視線を向けた。

私と水瀬をそちらを向くと、マネージャーの草壁がピースサインをしながら真顔で姿勢良く立っていた。

――意外と茶目っけのある人なのだろうか……。


「草壁さん、ありがとうございました」

「おかげさまで、良い作品になりそうです」

私と水瀬はそう言ってモニターに目を移すと、先ほどキノコを大量に食べさせられた男が徐々に奇行に走り始めているのが見られた。


最初はなんともないようだったが、しばらくすると、『何か』が見えるようになったらしく、恐怖に怯えてしゃがみ込んでいた。

頭を両手で抱えつつも、徐々に歯のがたつきを抑えられなくなったようで、カチカチと上下の歯が衝突する音が聞こえてきた。

全身の筋肉に力が込められて、ブルブルと震えている。

そうして、時折『ひいっ!』と言った悲鳴をあげている。

その『何か』が顔に向かって飛んできているのか、両手を顔の前でブンブンと振り回しては頭を抱えて蹲った。

『なんだよー!! どっか行け!!』

という声が聞こえた。

大人が発することのない、切羽詰まった必死な声だった。


最初にアカリは『君たちは人形』と言って、動くなと命令はしたものの、さすがにこの状態でトラップを発動させる意味の無いので、私たちは彼をそのまま放置しておく。

トラップ班には首を振って、作動させないように合図を送った。

これはこれで見ものだし、このまま人間が壊れていく様子をリアルタイムで見られる、というのもなかなか無い機会である。


そうしてしばらく膝と頭を小さく抱えて、震えて蹲っていると、ハッと何かに気づいたのか、唐突に顔を上げた。

先ほどまでの『何か』とは別の『何か』が見えるようになったのか、天井を見上げると、眩しそうに手をかざして、目を細めた。

春の柔らかい日差しの太陽を見上げるような雰囲気である。

口も真一文字から徐々に力が抜けて緩んでいき、軽い曲線になった。

極度の緊張から弛緩へと移行していき、それに伴って、瞼も閉じてしまっていた。

そして、どういう訳か幸せそうな表情になった。


すると何かを思い出したように、周囲をキョロキョロと見渡した。

ふと一点を見つめると、その先には、アカリが人形の部屋に放置してきた包丁があった。

ゆっくりと近づくと、そのメイドは楽しそうに落ちている包丁を見つめていた。

白く鈍色に光る刃先が面白いのか、それとも柄の茶色の木目が面白いのか、しばらくまじまじと見入っていた。

そうしてたっぷり10分以上は見つめると、おもむろに包丁の柄を持った。


「本当に包丁を持ちましたね……」

「本当ね……」

私と水瀬が感心していると、「そう暗示を最後にかけましたから」とのアカリの簡単な言葉だった。

「そんな簡単に言えることじゃないですよ……、こんな上手くいくのはアカリさんのお陰です……」

私は素直な気持ちを言った。

――あとは、『みんなにも幸せを分けてあげて下さいね』という言葉の通りに、包丁を振り回して『幸福』をみんなに分けてくれれば良いんだけども……。

私は思った。


そのメイドは包丁をうっとりと眺めながら、いろいろな角度で楽しそうに眺め回していた。

刃面の模様を眺め、裏側の刃面を見つめ、もう一度裏返して表の刃面を観察していた。

うっとりと恍惚の表情であった。幸福そのものの表情だった。

撫でるように柄の木目の肌触りを確認し、両手で柄を握った。

そうして、ゆっくりと、その刃先を自分の喉元に持っていった。

ゆっくりと、ゆっくりと、包丁の刃先が肌を破り、血管を切り裂き、血液が流れ出ていた。

しかし、それでもゆっくりと着実に刃先が喉に飲み込まれていった。


「あー……、そうなりますか……」

私はモニターを見ながら、思わず呟いた。

「あちゃー……」

水瀬も手で自分のおでこをパシンと引っ叩いてボヤいた。

反応がいちいちオッサンくさい。

「……、これは、ちょっとだけ暗示が違う方向に行ってしまったみたいですねぇ……。申し訳ないですー」

アカリも少しだけ悲しそうに眉を下げて言った。


そんなことを話している間も刃先は喉に沈んでいき、喉の背中側から少しだけ刃先が見えていた。

ゴポゴポと喉から大量の血が、呼吸とともに弾け飛んでいた。

そんな中でも、彼は恍惚の表情を崩していなかった。

一体どんな光景が見えているのか、私は少しだけ気になってしまった。


「ま、まぁ……、あと2人も瀕死ですし、これで終わりにしても良いんじゃ無いですか?」

「そうねぇ……」

「見た目動いてないっぽいですし……」

「でも、最近の視聴者、結構そのへん厳しいんだよねぇ。まだ死亡していないのでは! っていうお叱りを受けることもあるし……特にあの冒険者風のおじいさんは、まだ全然生きてるでしょ。多分」

「まぁ、そうでしょうね……。どうしましょうね」


私と水瀬が話をしていると、アカリが割り込んできた。

「あのー、最後上手くいかなかったのは私のせいですし、最後は私がカタをつけてきますよ。多分あのおじいさん、私に言いたいことあると思いますし」

「……、良いんですか?」

「はい、大丈夫ですよ。それに、元々私がお願いしたコラボ企画ですし……最後までやらせてください」

「……わかりました、それではアカリさん、お願いします。何か必要なモノとかありますか?」

「いや、いりません、最後は私が直接ります」

力強いアカリの言葉だった。目つきが急にアイドルらしからぬ鋭さになっていた。


「お願いします」

私はそう言うしかなかった。

――それにしても、あのおじいさんが言いたいことってなんだろう?

私は思った。


 ***


ミニスカメイドのお兄さんが自分の喉に包丁を突き立てて数十分が経過していた。

既にドア上の時刻表示は9:05を示していた。

最早あまり時刻表示の意味は感じられなかった。

多分自分は死ぬ。そう思うと、それが早いか遅いかだけであって、大した違いはない。


気絶から目覚めた当初は、砕けてしまった顎に激痛が走っていたが、もうあまり痛みも感じなくなっている。

不思議な感覚だが、ほとんど顎を動かせないことからすると、神経自体がやられたんだろうか……。


そして俺の口の中には小さな自分の右手の肉片があった。

『残さず食え』と言われて、一応歯を立ててみたが、顎の骨が砕けているためにそもそも無理な話なのである。

噛めないのだ。

そして流石に、顎を動かそうとすると、今でもめちゃくちゃな痛みが顎を左右に往復する。

めちゃくちゃな痛みが、俺の顎を一気に30往復くらい高速反復横跳びで走り回る。


いずれもうすぐ自分は死ぬ。

まぁ、そう考えると、真面目に『残さず食う』必要もないだろう。

俺はそう思った。


クソくだらない人生だったけど、まぁまぁ悪くなかったかなと思う。

結婚もせずに遊び惚けていたし、犯罪と違法行為と犯罪スレスレのことと違法スレスレの行為をやってお金を稼いでいたから、アンダーというレッテルを貼られて、こんな最期になってしまったが、まぁ自分が楽しかったのだからそれで良いだろう。

そういうもんだろ。


自分の人生を国に逐一評価されるために、国の監視の目を恐れて何もできず、ビクビクと不自由に生存し続けるだけの人生なんてまっぴらである。

そんなの、自分の人生を全うした、生ききったとは到底言えない。

と俺は思うのだが、……まぁ、そう思わない『良い子ちゃん』が多いから、今のこの“真の”平等社会が国民に受け入れられて成立しているんだろう。

そういう意味で、俺は国とその他の大勢の国民に対してクソ喰らえ思っている。


最期に思い残したことはあったかな。

俺は思いを巡らせた。

――近所のカツ丼とか駅前の立ち食いソバとか、最期に別れの挨拶をしたかったライバーママとか行きつけのテクい嬢とか、あー、来週稼働開始のデジパチは遊びたかったかもなぁ。

と、いろいろあるにはあるが、まぁ、不思議とそこまで後悔は無い。

もちろん行っておけばと思わなくもないが、多少の後悔は、いつ死んだとしても同じように多少はあるものだろう。

……、まぁ、自分でそう感じてしまえるあたり、徐々に自分が死というものを受け入れているのだと思う。


そして、そこまで思いを巡らせていると、1つだけ思い残したことに思い至った。

思い残したこと、というか、意味不明だったこと、という感じだが。

――俺はあのアカリとかいうアイドルとは初対面なのに、なんであんな濡れ衣を俺は着させられたんだ?


最初にアカリを見た時、確かに可愛いとは思った。

でも、俺の好みの『お姉さんタイプ』では無いし、スター☆ダストというグループも、どこかで聞いたことはあったが、個々のメンバーまでは知らなかったし、まして、そのグループの握手会など行ったこともない。

それなのに、なぜかこの俺が握手会でアカリにザーメンをつけた手を差し出して、クソみたいなことをしたことにされてしまった。

俺はそんなことを絶対にしていないのに。完全に濡れ衣である。

死に行く自分の名誉のために、これだけは最期にはっきりとさせたい。

――俺はやっていない。

それだけが思い残したことである。


そんなことを考えていると、アカリがドアを開けて入ってきた。

優しい微笑みを浮かべていた。しかしここまでのアカリの所業を見るに、これは悪魔の微笑みだと思う。

そう思うと、柔和な微笑みも、どこか気が狂ったようにも見えてくる。

俺の方に近づいてくると、アカリはめざとく落ちていた俺の右手を見つけて、目尻を急に釣り上げた。

そうして、口元をへの字にして俺をなじってきた。

「どうして残さず食べないんですか? 約束を守れませんでしたね? もう一度私がここに来ると言ったのに。これは罰を受けなければなりませんねぇ……」


俺は今までと同じように、人形遊びというシチュエーションを続けるアカリに怒りを覚えた。

もう死ぬのだから、今ここで俺が何を言っても同じだろうとも思った。

「あのな! 俺はあんたと初対面だ! もう良い加減にしろよ! なんなんだこの下手クソで意味不明な演技は!」

俺は顎をなるべく動かさないように、モゴモゴと言った。

それでも物凄い痛みが走った。が、それでも今、言わなければならないと思った。


「お、開き直りましたねぇ……」

アカリの表情は怒りから、面白がるような、興味深そうな目つきになった。

そして、目の奥には急に黒い炎が見えるようになった。

俺の様子を観察して、どうすれば最大限ダメージを与えられるか、どうすれば自分が最大限楽しめるのかを考えている目だった。

さっきまでの怒った表情は演技なのだろうと感じられる、本物の純粋なサディスティックな微笑みと言える。


「でも残念です。もうエンディングです。どうせ音声は全てミュートされて、エンディング曲が流されてスタッフロールが流れて、あなたの言葉なんてどこにも届きません。御愁傷様でした」

「な……!」

「なけなしの勇気を振り絞って、今この場で私に向かって歯向かったのかもしれませんが、まぁそもそも視聴者はアイドルである私の言葉を信じるでしょうし、ここまであなたは一切反論をしてこなかった。今更終わりです。残念ですねぇ……、いやぁ、誠に、誠に、残念です。」

「なんだと……!」

「もっと最初に言っていれば、と後悔してます? そうですねぇ、たとえば映像的には、やっぱり私の言葉と重なるように主張すると、カットされにくいですよ。まぁ今更なアドバイスですけどね」

「何を……、ふざけんな……」

「大丈夫です、もういずれにせよ、あなたは死にます。死んでしまえば、どっちでも同じです。死者に名誉なんてありません。気にしないください。私は過去のトラウマを乗り越えた強いアイドルという印象になります。あなたは私の糧となるのです。本当にありがとうございます。感謝はしていますよ。本当です。」

「おい…………なんだよそれ……」

俺は怒鳴りつけようと思ったが、無理だった。

心が折れた音がした。


「おい? もう少し口の利き方に気をつけてください。それにほら、映像作品としては『個人的怨恨があった!』みたいな方がドラマチックでしょう? あなたの印象もとても強くなって、色んな人の記憶に残ると思いますよ。もしかしたら数年に一度行われるデスゲーム振り返り特番で、あなたの痛めつけられるシーンが何度も放映されるかもしれませんね。いいことじゃないですか。おめでとうございます!」

「……」

やたら早口でテンションを上げて言うアカリに対して、俺は何も言えなかった。


すると、アカリは先ほど自殺に使われた包丁を拾って、俺の方にやってきた。

手足を縛られた俺は何も動けなかったし、そもそも心が折れたため、動く気力すら全く湧かなかった。

「……まぁ、でも確かに、少しだけ可哀想なので、最期くらいは良い思いをさせてあげましょう」


アカリはそういうと、横になっていた俺の頭を持ち上げて、膝枕をしてくれた。

ミニスカートとニーソックスの間の絶対領域に俺の頭が乗った。

若者特有のすべすべでツヤのある素肌と、程よい肉付きの太ももの弾力はとても気持ちの良いものだった。

ほのかに柔らかいフローラルな香りがふんわりと鼻腔を刺激した。

女の子らしい爽やかな香りで、もう何十年も嗅いだことのない匂いだった。


そして、アカリは俺の頭を柔らかく撫でてくれた。

ゆっくりとゆっくりと、慈しむように、俺の頭を何度も撫でてくれた。

こんなに優しくされるのは、何年ぶりだろうと思った。少なくともここ数年は無い感覚だった。

不意に何故か涙が出てきた。

折れた心の隙間に、優しさが不意に侵入してきたのだと思う。

もうすぐこのアイドルに殺されるというのに。

もうすぐ俺はここで死ぬというのに。

それでも、何故か涙が溢れた。

一筋の涙が溢れてきた。

不思議な気持ちだ。

何故だろう。


そんな疑問も頭に浮かんだが、全く理由はわからなかった。

そして、今ここで死んでもわからないんだろうとも思った。


アカリは不意に、俺を撫でていない方の左手で包丁を握りしめた。

「死ね」

冷たく、呟くように、ぽつりと言い放った。

そうして包丁を振りかぶると、俺の心臓に勢いよく包丁を突き立てた。

肋骨の隙間を縫うように、横向きで俺の胸に刃先が侵入してきた。

痛みはなかった。

俺は何故か、『あぁ……良かった……』と思った。


そうして、アカリは冒険者風の男の絶命を確認し、ついでに横にいた大正浪漫的な男が死んでいることを確認すると、ドアの前まで移動した。

そうしてくるりと半回転して、部屋の中を見渡した。

血塗れのセーラー服という凄惨な見た目であったが、顔には満足気な達成感といった表情が浮かべられていた。

柔らかい、ゆるふわな雰囲気が全身から滲み出ていた。


そして、優雅な所作で一礼をした。

今日、この演目がこれで終わりだと述べるように。

ショーを見にきた観客に対して拍手を求めるように。

長く優雅な一礼をした。


 ***


このスター☆ダスト日野アカリとのコラボ企画は大きな反響を呼んだ。

かなり高いリアルタイム視聴率を叩き出し、各種メディアでの再生数も、他の回と比較して再生数の伸びが異常に良かった。

それもこれも、恐らくは日野アカリのゆるふわな雰囲気とサディスティックな雰囲気の両極端な二面性を強調したデスゲーム制作の結果だろうと思われた。

このコラボ企画によって、一気に日野アカリはアイドル好きやゲーム好き以外にも有名になり、スターへの道を歩き出したと言える。


もちろん、放映後に、あかりんに殺されたい!という声がネット中に響き渡ったのは言うまでもない。

アカリが来て殺してくれないと自殺で死にます、という意味不明な脅迫もデスゲーム課に届いた。

――どっちにしろ死ぬじゃない。

と私は思ったが、どうも脅迫してきた本人は本気のようだったから、余計にタチが悪かった。


ちなみに『濡れ衣』の件は、マネージャーの草壁が、出演アンダーの情報をもらった時点で、いろいろと手を尽くして調べて、出身や性格、身体的特徴やコンプレックスをまとめてアカリに手渡し、それをアカリが上手く利用したということらしい。


これを聞いて、私は腑に落ちたことがあった。

最初にアカリがステージ衣装を脱いで下着姿になって若者を『ところてん』状態にしたシーンも、この草壁の情報収集によるところが大きいということだった。

つまり、あのところてんになったアンダーが、女性関係でトラブルが続いていたことから、今、性的にあのアンダーを誘えば恐らくイケると踏んだものだったらしい。


そのことを出演後に聞いて、「凄いですね……」と草壁に言ったところ、またしても、良い姿勢でピースサインを返されてしまった。

――やはりお茶目で、しかも有能な人らしい。


いずれにせよ、コラボ企画が無事に終わってほっとした。

いやー、次はもっと普通なデスゲームを企画したいんだけれども……。

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デスゲーム・クリエーターも楽じゃないっ! ~国営通信社デスゲーム課の日常~ 皆尾雪猫 @minaoyukineko

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