第5話 企画のための予算がないっ!

予算が!

予算が無い!

無いものは無い!

これは困る!

ヤベェ!


 ***


7月になった。

月に一度のデスゲーム課の全体ミーティングの日。

この全体ミーティングでは今後の予定の確認や課としての方針説明、事務的な連絡のほかに、今後のデスゲームの内容に関する提案が行われる。

この提案は誰でもエントリーができて、日々様々なデスゲームに関するアイディアが全体で共有され、それが認められると、実際に番組の内容として採用されることもある。

デスゲームのトラップに関するアイディアや、ゲームの内容にやシステム部分に関するアイディア、緊張感を生む世界観や設定などなど。

デスゲームに関することならば、何でも提案が出来るのである。


しかし、今回はそういったアイディア出しは無かった。

代わりに『夏制作のデスゲーム用の予算がめっちゃ少なくなったやで』という連絡があった。

私は次回の8月制作のものを、バトルロイヤルものにしようと企画しており、そのために色々な仕掛けを構想していたところで、この連絡である。

バトルロイヤルものは舞台の設定からトラップの仕掛けまで、使われないものも含めるとかなりの数を準備する必要があり、予定通りに演出を行うためにも綿密な下準備といろんな場面に対応可能な計画が必要なのである。

つまり準備にも実行にもお金がかかる。

予算が必要なのである。


しかし……、なぜか……、予算が無い。

私は大変困ってしまった。


 ***


「シンプルなのにしましょう!」

水瀬は元気よく言った。今日は明るく楽しく元気の良い水瀬ちゃんだった。

「シンプルって? 例えば?」

「全員水中に沈めて、最後まで生きていた人が勝ち!」

「シンプル過ぎるわ!」

私は思わず勢いよく突っ込んでしまった。こういうボケへのツッコミは勢いが大事である。


「え……、ダメ……、でした?」

どうやら水瀬はボケではなく、本気で言ったらしい。おいまじか。

「ダメだろ……。だって人が息を止めていられるのは、せいぜい数分だろ? このデスゲームの放映時間は1時間あるんだぞ? あと55分、どうするんだよ」

「ボートの映像を流す……とか?」

「はぁ?」

私は意味不明すぎる提案に若干キレかかっていた。

水瀬は少しだけ怯えた目で私を見ていた。


「すみません……、あ、それじゃ、その沈めるのをあと11組やれば1時間出来ますね!」

「そういうことじゃねぇ!」

水瀬はまた私を怯えた目で見てくる。

震える小鹿のような目だった。


「あー、なんだ、ごめん。そんなハナから否定したい訳じゃなくてな……。アイディアを出そうとしてくれてるんだもんな、ごめんな」

私は水瀬の目やられて、謝ることにした。

「はい……、大丈夫です」

「もっと他に、何か良いアイディアがあったら言って欲しい」


「あ、それじゃ、アンダー4人を水中に沈めて、空気を吸い込めるホースを1本だけ水中に置いておくとかどうですか?」

「ほー、なるほど?」

「要するに、協力してホースを15秒ずつとか4人で回していけば、なんとか水中で生きられるけど、他の3人を蹴落として独占することも可能ですよ、みたいな」

なるほど確かに悪くない。悪くないが……。

「でもそれ、多分、誰かがホースを独占してすぐに終わるんじゃないか? アンダー達に他のアンダーの生存に協力するインセンティブが無いな。ゲーム理論的には他人が分け与えてくれるとは限らないなら、自分で独占するのが理にかなった行動になる」

「なるほどですねぇ。協力するインセンティブ。うーん……」

「うーん……」

「参加するアンダー4人を家族、つまり両親と兄弟2人にするとか?」

「……、発想がえげつねぇな……」

この子は良いデスゲーム・クリエイターになるなと思ったが、今はそんなことより、自分の企画をなんとかまとめなければならない。


「うーん……ちょっとこの方向は無理そうだから、水没から一旦距離を置こうか……」

「はい」

「何かちょっとしたアイディアとか無いものかねぇ……。発想のきっかけでもあれば……」

「うーん……」

「うーん……」


ここにきて煮詰まってしまった。

もちろん私は日々の業務で思いついたデスゲームのシステムやトラップ等を書き留めており、アイディアノート的なものを作成していたが、いずれも潤沢な予算を前提にしたものが多く、あまり役に立たなかった。

――予算が無いのがそもそもの原因よね……。予算……、予算……?


「低予算といえば、我々のデスゲーム裏の番組ってどんなのやってるんだっけ? もう民放各社は予算をかけずに対抗しなくなって久しいけど……」

「……、私も知りませんが、……あーなるほど、安直なクイズ番組と安直な投稿動画紹介番組ですね。インテリ芸人と若い女優が出てきて、クイズでバトルみたいな感じです」

水瀬はスマホで裏番組の情報を調べてくれた。


「クイズと投稿動画か……。この辺を上手く組み合わせられないかなぁ……、ってそんなの無理で……?」

と言った瞬間、私に天啓が降りてきた。

私は今しがた降ってきたアイディアを具体的に考え始めた。

――これなら行けそうだわ……!

そう思った。


 ***


ふと目覚めると、俺は椅子に座らされて全く動けない状況だった。

首は首輪で固定され、手は背面で手錠がかけられ、足首は床と鎖で繋がれていた。

手をガシャガシャと背面で動かしても、上下にすら動かせないことから、手錠が背もたれにも固定されていることがわかった。


俺の周りには男が3人いた。ちょうど4人で四角形となる位置関係だ。

どいつも俺と同じような椅子に座らされて、首輪、手錠、足枷がはめられているようだった。

そして着ているTシャツには番号が書かれており、1〜3が書かれていた。

そして俺のTシャツは4番である。


また、その男どもの上には円柱型の奇妙な装置があった。上を向くと俺の頭上にも。

上を向くと円柱の部分は、4本のアームに分割されるように見えた。

また周囲は白い壁で囲われており、ドアが1つだけというシンプルな部屋となっていた。

装飾もなく、家具もなく、殺風景な部屋であった。

チープさすら漂っていた。


すると唐突に高笑いが聞こえた。

「フハハハハ……、諸君……、古今東西の館へようこそ……」

恐怖心を煽るような低い声だったが、内容が意味不明だった。

――古今東西の館? なんだそれ?


その疑問には答えぬまま、声は説明を続けていった。

「これから諸君らにはデスゲームとして、古今東西ゲームをやってもらう」

――デスゲームとして、古今東西ゲーム……。なるほど?

俺は全く納得出来ぬまま、説明は続けられた。


「あの古今東西ゲームだ。パンパン、と手拍子をして、リズムに沿ってテーマに合致した答えを言う、あのゲームだ」

――やたら古今東西ゲームについて説明をしているな……。テレビ向けの説明なのか……?


「そして、そのお題について答えられなかった者は、そのお題で回答された数だけ、輪ゴムを頭部に嵌めていってもらう」

――輪ゴム。……輪ゴム……?


「そして、最後まで生き残った人が無事に生還できる、ということだ。分かったな」

――分からない……。何も分からない……。


俺は絶望的な気持ちになった。全く意味がわからなかった。

しかし、素直に「分からない」とゲームマスターに伝えて、機嫌を損ねる危険を背負うこともできず、そのまま説明は終わってしまった。

全く意味不明なデスゲームの内容だったが、どうやらふざけている訳ではないことだけはわかった。

俺はとにかくこの古今東西ゲームをしなければならないらしい。

でなければ死ぬ。


「最初のお題は……、元素の名前だ。それじゃ1番から始めろ」

そう言うと、唐突に明るい音楽が流れ出した。

全く世界観がわからなかったが、とにかくゲームは開始された。

と思ったら、唐突に1番が元素を答えられずに終了した。

――俺たちはアンダーなんだ! バカなんだよ! そんな難しいテーマにするな!

と思ったが、俺は何も言えなかった。


「……」

無言の時間が流れた。

――『回答された数だけ輪ゴム』だから、この場合は0本なのか……。

と俺が納得したところで、再度ゲームマスターの声が続いた。


「次のお題は……、(あれ、これも難しすぎない? え、大丈夫?)

――おーい、マイク切り忘れてるぞ……。

果たしてこれは本当にデスゲームなのだろうか、とすら疑い始めた。


「……徳川家の15代将軍だ。それじゃ2番から始めろ」

またしても唐突に明るい音楽が流れ出した。そしてその音楽のリズムに乗って2番から答え始めた。

「え、えーと、徳川家康!」

「徳川……」


3番の男が答えられなかった。

すると、その男の頭上から円柱形のものが降りてきたかと思うと、4つのアームにばらけ、そのまま眼球の前までアームが降りてきた。

すると、バチンという音とともに、両まぶたからこめかみ、さらに耳の上のあたりを通るように太めの輪ゴムがセットされた。

説明の内容の通りに、今度は1本の輪ゴムが3番の男に巻かれた、ということだった。


俺はここにきてようやく、事の重大さを理解した。

このまま、古今東西ゲームに負けて、輪ゴムを何重にも何重にも頭部に巻かれていくとどうなるのか。


輪ゴムの圧力が徐々に頭部にかかり続け、その負荷は古今東西ゲームに負けることで徐々に増大していく。

今の3番の男のように、1本の輪ゴムであれば大したことの無い圧力であるが、何本も何十本もそして百本以上の輪ゴムが頭部に巻かれ続けたら、その合計した圧力はどうなるのか。

――頭蓋骨を砕くのでは……?


想像をしたくもなかった。

絶対に負ける訳にはいかなかった。

どうやらこの状況に他の3人も気づいたらしい。

先ほどまではデスゲームと言われていても、セットのチープさやアナウンスの内容で、どこか本気になれていない部分があった。


しかし、これは紛れもないデスゲームだと感じた。

製作者の明確な悪意が感じられた。

一体どんなサイコパス野郎がこんなゲームシステムを作ったのかと問いただしたくなった。

そして、問いただすためにも、なんとかこの古今東西ゲームを勝たなくてはと思った。


「次のお題は……」


 ***


「いやー、先輩は天才ですね! めちゃくちゃ少なかった配分予算をさらに下回る予算で、あれだけドラマチックな最後。しかも途中の古今東西ゲームも、ある意味で視聴者参加型というか、『こいつらバカだなぁ……』って楽しめるようになっているんですねぇ……。やっぱり小鳥先輩はさすがです!」

「たはは、そこまで褒められると流石に恥ずかしいな……」

「いつかは先輩を越えられるデスゲーム・クリエイターになるように頑張ります!」

「うん、頑張ってね!」

私は良い笑顔でそう後輩にエールを送った。

次のデスゲームのことを考えながら。

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