第4話 虫は誰も準備をしたがらないっ!

汎用型無人遠隔対人兵器。

通称キラーマシン。

馬の後脚をモデルにした4本の脚は、時速200kmでいかなる荒地をも走ることを可能にし、その上にはマシンガンとレーザー銃、短剣が備わる四角の箱がちんまりと鎮座し、その箱の上に360度の視界が確保できる球状カメラが取り付けられている、日本が誇る対人最強戦闘兵器である。


日本は相変わらず専守防衛を堅持しているのだが、やはり防衛をするにも兵器というものを開発する必要があり、国家通信局と陸上自衛隊が最大限に提携・協力した結果、この異形の首無し馬を完成させたのであった。

そして、これをデスゲーム内で登場させ、この番組を世界中で放映してもらうことで、間接的に日本の軍事力を見事にアピールできるという仕組みである。

もちろん番組内で人間と鬼ごっこをするときは、そこまでスピードは出さないし、武器も最低限しか設置しないのであるが、それでも「いざというときは、こんな兵器がぎょーさんありまっせ」という抑止力になることが期待されているらしい。

戦争に巻き込まれていない世代である私としては、ほんまかいな、という話ではあるのだが。


そんな対人最強兵器を水瀬は操縦して、男性を追いかけて、追い詰めて、最終的に殺した。

それで水瀬は持ち前の明るさをたちまち取り戻して、元気になったと思っていた。


「せーんぱーい……」

が、この目の前にいる水瀬は、また暗くなっていた。


「……、いったいどうした。何かあったのか?」

あからさまに暗い表情で、『何かあったか聞いて欲しい!』と言う視線をこちらに投げかけてきたので、正直面倒だなぁとも思いつつ、後輩指導の一環として聞いてやることにした。

「高山さんから、こう言うトラップを制作班と一緒に作っておいて言われて、その通りにトラップを作ったのに、上手くアンダーが引っかかってくれなくて、怒られちゃったんですよぉ」

「なるほど……、それで?」

「それで、じゃないですよー。せっかく指示通りに作ったのにー! 何日も頑張って準備したのにー! どーして使われないんですか!」


意外と元気そうな水瀬の様子に私は安心しつつ、心配して損した、とも少しだけ思った。

「まぁ、そういうことはよく起きるよ。特に新人の間は、自分であまりデスゲームをコントロールできないからね……。私もよく怒られたなぁ」

「えぇーそうなんですか……。先輩もこういうことあったんですか?」

「結構あったよー。一番酷かったのは、アレかな……」

私は約3年前の新人時代を思い出していた。


 ***


「おい小鳥、例の落とし穴、準備出来たんだろうな?」

「はい、バッチリです!」

「よし、いやー、今回はありがとうな。本当に」

佐々山が珍しく恐縮した感じで言ってきた。

さすがの佐々山でも、トラップを考えたは良いが、その中身の準備まではしたくなかったのだろう。

そして準備を体よく私に押し付けてきたということだった。

「本当ですよ、もう。よくわからない契約書を書いたり『貸出による命の保証はできません』みたいな書類書かされたり。しかも中身がアレですからね、もう最悪です。トラウマものでしたよ……」

「ホントすまん」

「いやまぁ、勉強になったといえばなりましたし、これも仕事なんで良いですけど……」


そんなことを話していると、ようやくアンダーの4人は立ち上がり、廃墟と化した病院内の廊下を歩き始めた。

そして閉ざされたドアの横にはめ込まれているタブレットに謎解きの回答を入力した。

「……、よし……、いいぞ……」

「です……ね」

私と佐々山はせっかく苦労して準備をした仕掛けが無駄にならなさそうで安心した。


回答を入力し、決定ボタンを押す。

すると、一拍置いて急に廃病院内部に強烈な電子音が鳴り響いた。不正解という意味だ。

自信を持って回答を入力したはずなのに、不正解らしき音が響き渡って、目に見えてアンダーの4人は混乱をしていた。

そのうちの1人は「おい! どういうことだ! ふざけんな!」と叫んでいた。

よほど回答に自信があったのだろう。


しかしその回答はあえて設定された引っ掛けの回答である。

問題文中のダブルミーニングに気付き、さらに廃病院内のさらなるヒントを活用することで、それが正しい答えでは無いことに気付くことが出来た。

アンダー達に対して、正々堂々とフェアに謎解き勝負をする義理は無いのだが、『解けた謎なのに、解けなかった』という方が、視聴者は楽しめるし視聴率が良いのだからそうしているのだ。


そして、その間違った回答を入力すると、アンダー達がいる部屋の床が抜けるという仕組みになっていた。


強烈な電子音が止むと、唐突に床が抜けた。

約2メートル落下すると、そこは照明の無い暗い空間だった。

しかし、乾燥した音に溢れていた。

カサカサ、という特徴的な足音だった。


アンダー達がどしんと墜落すると、落ちた場所だけがくっきりと縁取られたようになり、それ以外、床と壁の全てにびっしりと黒いGがいた。


「うげー、やっぱり相当ヤバい絵面じゃ無いっすかこれ……」

「……だな……、これはなかなか……」

私と佐々山はモニター越しにGの落とし穴を眺めていたが、モニター越しであっても生理的嫌悪感を強烈に抱かせる映像だった。

「これ、大丈夫なんすか? 苦情とか入らないんですか?」

「……、まぁ多分大丈夫……だと思う。みんな最初は気持ち悪く思うけど、終わっちゃえば意外とスッキリするから……。まぁジェットコースターに苦情を言う人がいないのと同じだよ」

「なるほど……」

私はあまり納得出来なかったが、とにかく私の準備がちゃんと報われて良かったと感じた。


――だってこれ、謎解きに引っ掛からなかったら、そのまま素通りされてたんでしょ? 害虫駆除会社に連絡して、研究所と交渉して、私を責任者とする契約書を書いて、肉食のGをどうにか貸し出してもらって、その運搬業者とも交渉して、中身を伝えるとみんな急に辞退すると言うし、仕方なくお金を積んでどうにか運搬してくれる業者をようやく一社見つけて、運搬してもらって、その運搬してもらったのをどうやって落とし穴の中に解き放つのか考えてなくて、私が泣きそうになりながら気合いでどうにかして、それで一切テレビ放映されなかったら悲しすぎる……。


そんな会話をしている間にモニターの映像は凄い事になっていた。

やはり肉食というだけあって動物の血に反応するらしく、左手を負傷しているアンダーに大量に群がっていた。

見るもおぞましい光景であった。

そうして、相当なパニックに陥っていた4人は、脱出用スイッチを見つけることができず、その落とし穴で全員が死んでしまった。


後日、この廃病院回のデスゲームが放映されたが、流石に最後の落とし穴の映像がグロテスク過ぎて、大量のクレームが国営通信社に入ったのは言うまでもない。

そして、どういう訳か、佐々山はこの落とし穴の準備をしたのが私であることを上に報告し、私に一切の責任を押し付けてきたのである。

まぁ、確かに準備をしたのは私だけど、指示を出したのは佐々山だからな! と内心歯痒く思ったが、新人社会人ということで、どこまで上司に歯向かって良いのか感覚が掴めず、そのまま泣き寝入りをしてしまった。

ということで、私のせいじゃ無いのに、しこたま上の人から怒られることになった。


 ***


私は鉄板ネタを話し終えると、水瀬は両手を体に巻きつけて、ブルブルと恐怖に震えていた。

「ご、ゴキブリの落とし穴……、グロすぎますね……。私の粘菌ライオンの方がまだまだ何十倍何百倍もマシでした……」

「そうねー、あのライオンは格好いい部類だしね」

「それにしても、流石にデスゲームといえど虫系はダメなんですね」

「いや別に、あれは見せ方の問題だと思うよ。もう少し上手く映像に映えるようにすれば、虫も使えると思うんだけどねー」

「なるほど……、まぁいずれにせよ、デスゲーム・クリエイターも楽じゃないってことですねぇ」

「そうだね……」

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