第6話 アイドルだって人を殺したいっ!
「えー、皆さん初めまして! スター☆ダストの日野アカリです! あなたのハートにあったかあかりん! どうぞ宜しくお願いします!」
決めポーズをしつつぴょこんとお辞儀をして、軽くウェーブのかかったショートボブの髪がふんわりと揺れた。
低身長ロリ顔の可愛らしい女の子が、デスゲーム課全体に向かって挨拶をした。
――日野アカリって、ブランド米か……。
と私は思うが、ここで声に出すほど無粋ではない。
「今回はコラボ企画に呼んでいただき、ありがとうございます! 昔っからこの番組の大ファンで、何度も何度もお願いしてようやくコラボをしていただくことになりました! 一生懸命がんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
むさ苦しい男の多い職場に、突然ネットアイドルがやってきた。
お辞儀をしているアカリに拍手をしつつ、男連中の口元が緩みきっているのが見えた。
普段ほとんど笑顔を見せない課長ですら、若干目元と口元が緩んでおり、アイドルの力ってすげーと素直に思う。
スター☆ダストといえば、歌と踊りとゲーム実況の3D動画配信で人気に火がつき、いまノリに乗っている女性アイドルグループである。
歌って踊れて可愛いだけでなく、コアなゲームマニアを集めた5人組ということで、通常のアイドルのような歌って踊る動画配信だけでなく、ゲーム実況の動画配信も積極的に行っており、配信サイトのランキングでは常にトップに挙がるほどの人気である。
『会いに行けるアイドル』というどこかで聞いた事のあるコンセプトを超えて、『一緒に遊べるアイドル』というのがウリなんだそうだ。
ちなみに5人それぞれで得意なゲームが異なり、この日野アカリはゆるふわロリ顔ショートボブゆるウェーブに似合わず、洋ホラーゲームと洋シューティング、バトルロイヤル系のFPSが得意とのこと。
私は知らなかったのだが、水瀬に「スター☆ダストって知ってる?」と聞いたところ、ゲームに詳しくない水瀬も「やっぱりセンターのまりんちゃん推しです」とのことだったので、アイドルとしてもそれなりに有名なグループらしい。
そして、日野アカリがどうしてデスゲーム課に来たのかというと、うちとコラボをするためである。
そう、デスゲームがアイドルとコラボをしてしまうのだ。
しかも今めちゃめちゃ売れに売れているアイドルと、である。
――大丈夫なのか?
デスゲームという番組そのものは国民的人気を博してはいるものの、やはりアンダーがメインに映るためか野卑でダーティなイメージはどうしても拭いきれない。
これまで武器関連企業や製薬会社、ゲーム会社など、法人とのコラボ企画はいくつかあったが、その企画はダーティなイメージ以上に、抜群の宣伝効果が期待出来るために持ち込まれたのであった。
しかし個人で、しかも女性アイドルとのコラボは前例が無い。
先ほどアカリ本人が『何度も何度もお願いして……』とか言っていたが、実態としては、デスゲームのダーティなイメージを、全く真逆のロリ女性アイドルによって払拭したいデスゲーム課が、何度も何度もお願いしたのだろうと推測される。
そんな企画を持ち込まれて、アカリ本人のアイドルのイメージ戦略とか大丈夫なのだろうか、とも思ったが、ゲームが好きな層はデスゲームも好きだからセーフ、ということなのかな。
きっとね。
ちなみに、先月に私が企画したデスゲームで使える予算が少なかったのは、このコラボのために資金を潤沢に準備しておきたかったからなんだそう。
――このアイドルのせいで私は前回あんなに苦労をさせられたのか……。
とも思ったが、大人なので既にもう気にしていない。
大人なのでね。
コラボの内容としては、日野アカリのアイディアをたっぷり詰め込んだデスゲームを作るというものだった。
つまり日野アカリをプロデューサー的な立ち位置に据えて、デスゲームを制作してもらうのである。
もちろんアイドルにトラップの作成・設置、内装の制作指示、その他細々した作業を任せるわけがないので、その辺の面倒な作業は我々デスゲーム課の仕事である。
というか、私と水瀬に割り振られた。
――くそう、これでつまんねーゲームを提案してきたら、一発ギャフンと言わせてやるんだから。
と思ったが、これはあくまでデスゲームのプロとして思っているだけで、別に私の予算が削られた恨みがあるという訳ではない。
私は大人なので。
既に水に流してますからね。
そんなこんなで、初回挨拶ということで、デスゲーム課の課員の前で簡単な挨拶をしてから、ミーティングルームに移動して、私と水瀬と打ち合わせをすることになった。
***
「初めまして、デスゲーム課の小鳥コトミです。今回担当をさせていただきます。どうぞ宜しくお願い致します」
「同じく水瀬澪です。宜しくお願い致します」
「スター☆ダストの日野アカリです!」
「マネージャーの草壁です」
適宜名刺交換をしたところで、どこか落ち着かない様子のアカリがおもむろの口を開いた。
「あのあの! 私! 真綿で人を絞め殺したいんです!」
可愛くてふわふわした雰囲気のまま、ロリ顔のアカリは無邪気にそう切り出した。
「おお! 良いですねぇ!」
なぜか水瀬もそれに乗ってきた。
――やべー奴らが出会ってしまったかぁ……。
と思いつつ、一応マネージャーの草壁を見ると窓の外を眺めていた。
思いっきり『我関せず』と顔に書いてあった。
きっとアカリの通常運行ということなのだろう。
私は誰も味方がいないと気づき、思わず遠い目をした。
「ま、まぁ、そういうディテールは後で決めるとして、スケジュールと全体コンセプトから話していきましょう……」
「はいはーい、あかりんオッケーです!」
「はい!」
アカリはそういうキャラということでまだ良いとしても、水瀬までいつもよりテンションが高いように感じられた。
多分本物のアイドルを目の前に見て、ミーハー心が芽生えたのだろうと思う。
――これ、企画として大丈夫なのかな……。
話を進めていくと、草壁マネージャーのスケジュール管理がちゃんと行われているのは当然のこととして、意外にもアカリ本人がしっかりと企画書のようなものを作っており、それに沿って全体コンセプトに関する打ち合わせがスムーズに進行した。
流石に、キャラ立ちだけでは群雄割拠の3D動画配信の乱世を生き抜くことは出来ないのか、アカリ自身が様々な企画立案を普段からしっかり計画的にやっているということなのだろう。
それともマネージャーはあくまで5人グループ全体のスケジュール調整を行っていて、具体的なプロデュースは個人に任されていて、普段からこうした企画立案をしているのかもしれない。
全体コンセプトの内容的には、あまりこれまでに見られないタイプのデスゲームで、正直なところ視聴者の反応が読めないところもあったが、せっかくの珍しいコラボ企画なのだから斬新さや目新しさはあった方が良いだろう。
飽きられないようにするのも、このデスゲームの企画段階では重要なことである。
「良いですね、それじゃコンセプトは概ねそんな感じで。あとは、どうやって殺していくかを決めましょうか」
「はいはい! 真綿で絞め殺したいです!」
改めて手に負えないことを言うアカリだった。
――マネージャーさんは……、また窓の外を見てるよ……。
「アカリさん、真綿は分かりましたが、それは具体的にどうやるんですか……?」
「……え? それを考えてくれるんじゃないんですか……?」
――いやいや、全部丸投げですか……。
「はい! もちろん! 考えさせてください!」
――水瀬、お前は黙ってろ。
と水瀬を横目でキッと睨むも、全く気づいてくれなかった。
これだから、全く。
仕方ないので、やんわりとアカリをたしなめる。
「そんなことを言われましても……」
「え、おねーさん方、デスゲームのプロなんですよね?」
――この女、煽りよるな……。
「ま、まぁそうですが……、もう少し具体的に……」
「十分具体的じゃないですか! 真綿で絞め殺すんですよ。お願いしますね、絶対どこかでやりたいのです!」
「わ……、わかりました……」
分かっていないが、分かったと言ってしまった。
――私のバカ!
「まぁ、その他の殺し方は、大体ありきたりな感じですけど……」
と言いつつ、今回のコンセプトに沿ったアンダーの殺し方の一覧を見せつつ、アカリは色々なアイディアを説明をしてきた。
殺人方法一覧は、A4の紙にびっしりと箇条書きで書き起こされていた。
方法とそれに必要な道具、さらに、その前後で想定されるシチュエーションまで細かく色々なことが書かれていた。
そしてそれを説明するアカリは、いたって真面目な表情をしつつも、その瞳がキラキラと黒い大理石のように輝いていた。
――ロリ顔アイドルがキラキラと物騒なことを言うのは中々グッとくるものがありますなぁ……。
と思った。
しかし……。
「あのー、今回はアンダーが4人と言うのは聞いてますよね……?」
「はい、なので、この中から、適宜私がストーリーに沿って
「……、よし、水瀬、頑張りたまえ」
「ええー!」
私は面倒な作業を全て体良く水瀬に押し付けた。
というか、それよりも、気になる言葉があった。
「と言うかアカリさん、これ、アカリさんが現場に入って殺すんですか?」
「はい、だってそう言う設定じゃないですか」
「あー……なるほど、そういうことでしたか。……私は勝手に、こう、ご主人様の奪い合いみたいな、アンダー同士の殺し合いを想像してました。でも、はー、なるほど……そうか……」
――確かにそれは面白いかもしれないな。
と私は思った。
アイドルが直接アンダーを
一部のアイドルファンには、踏みつけられたいとか、罵られたいとか、そういう黒い欲望みたいなものを持っている人もいる。
別に特定のアイドルのファンじゃなくとも、可愛い女の子にいじめられたいという欲望は、それなりに持っている人も多いと思われる。
そういう願望を持つ人にとっては、アカリがアンダーを嬲るシーンというのは……、非常に刺激的で面白いのではないだろうか。
しかもコンセプトや舞台設定もあまり見たことが無い。
――これはイケる。
私は直感的にそう思った。
そしてここまでのミーティングで分かったことがあった。
それは、アカリはとってもデスゲームが好きで、このデスゲーム課にコラボしに来ているということだ。
動画自体の営業と宣伝のためとか、事務所の意向でとか、グループのために仕方なくとか、そういうことではなく、本人の意思で望んでここに来ているのだ。
そして、ここまでのアカリのヤル気から、アカリが『何度も何度もお願いして』デスゲームのコラボ企画をすることになったというのも、あながち嘘では無いのかもしれないと思うようになった。
『真綿で締めたい』の件もそうだが、アカリは殺す方法を語る時に、目がある種の黒い炎に燃えるのである。
ふんわりとしたアカリの雰囲気の中で、サディスト的な黒い炎が爛々と輝き、それが瞳の奥から表層まで出てしまっているのである。
この黒い炎は見覚えがあった。
私はアカリと会う前に、彼女単独のゲーム配信を予習がてら色々と流し見していたが、おっとりふわふわとゾンビや敵兵を薙ぎ倒していく中で、例えばボス戦の最後の一撃を入れる時に「死ね」と冷たく言う放つ時があった。
その他、バトルロイヤルFPSゲームでも、遠距離から相手にスナイパーライフルでヘッドショットをする時に「死ね」と口元に笑みを浮かべながら冷たく言うこともあった。
そして、そう言った後で「あっ……、今一瞬だけダークあかりんに乗っ取られちゃった! てへ……」と元に戻るのが配信動画での恒例のやり取りとなっている。
すると、『赤りんご』と呼ばれるアカリのファンが『ダークあかりんに殺されたい!』と一斉にコメントで叫ぶのである。
このゲーム配信動画を私が最初に見た時は、『アイドルのアカリ』と『ダークあかりん』のどちらもキャラも、キャラ立てのための仮面かと思っていたが、今日実際に会ってみると、ダークあかりんが恐らく素に近いアカリなのだろうと想像された。
なぜなら、「死ね」と言う時の瞳の黒い輝きと、今日殺しの方法を生き生きと話すアカリの瞳の中の黒い炎は非常に似ているように感じられ、そのいずれも、瞳の奥から出てくる『アカリの純粋な人柄』であるように感じられたからである。
――これは確かに、生粋のサディストとして、アカリにアンダーを殺してもらうのが良さそうかな……。
私は素直にそう思った。
「うん、細かい詰めは色々必要そうだけど、そうだね、アカリさんに直接現場で手を下してもらうことにしましょう」
私はそう言った。
「やった! ありがとうございます!」
先ほどまでのサディスト的な炎は消えており、アイドルとしてのふわふわ営業スマイルが目の前にあった。
おっとりふわふわな見た目と、ほんのわずかに見える『ダークあかりん』のギャップがこの子の魅力なのだろう。
私は今回のミーティングだけで、すっかりアカリの虜になっていた。
――これはきっとデスゲーム放映後に『ダークあかりん リアルガチ「死ね」集』が即座に編集されてアップロードされるんだろうな……。
私は根拠なくそう確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます