伸び悩む同郷芸人を立てる新井さん

「まず基本のルールですが、新井さんにはお寿司を食べて頂きまして、その寿司皿の下に、それぞれネタごとにですね、金額が書かれたプレートがございます。



お寿司を食べ終わった後に皿をめくってもらって、出た金額が来年の年俸として加算されていくと、そういうわけでございます」




と、淡々と説明が始まったわけだが、なんとなくこの辺りで一悶着あった方が製作者サイドは助かるじゃないかと思いまして、説明を絶妙に遮ってアナウンサーの方を見る。





「この2人は一体誰です?」




と、言った瞬間、現場の雰囲気が少し変わる。




ここまでは、俺は野球選手だし、初めてのテレビらしいから、好きに寿司食わせて、適当に話引っ張り出せばいいや感があったし、このとちおとめんずの2人とも、早めの段階でやり合っておいた方が面白くなるだろうなあと感じたのだ。





「えっと………先ほども紹介しましたが、新井さんと同じ栃木県出身のお笑いコンビ、とちおとめんずの足利さんと那須さんですね」




だいぶ動揺したのか、アナウンサーは逆に俺に向かってこれ以上なく目線を合わせるようにしてそう言った。




そんなことは百も承知であるが、俺はかなり悩ましい表情で頬に手を当てながら………。





「いやー、全然知らないっすねえ」





そう言ってやりました。








いやー、知らないっすねー。と、俺が言った瞬間、俺が座る横の横。とちおとめんずのツッコミの方がテーブルに腕を置くようにして、ずいっと俺の方に少し体を向けたのを感じた。




完全に視覚で捉えているわけでないが、なんとなく感じるやつ。お笑いの空気というやつを。



バッターボックスに入って、アウトコースなのか、インコースなのか。


キャッチャーがどちらに体を動かしたのかたまに分かるやつに似ている。




つまりは俺がちょいと有利のフィールドになったということだ。



「え………とち……おとめんず?………分かんないっすねー………。分かんないっすけど、なんとなく年末漫才グランプリの3回戦で落ちてそうな名前ですね。いつになっても準決勝までいけないみたいな」




「いやいや、めっちゃ知ってるじゃん! この人!」




俺が投げた棒球の真っ直ぐに1、2の3でタイミングを合わせるようにしてツッコミの彼が割って入ってきた。




さらに俺はとぼける。




「いや、本当に知らないですよ。2回戦でウケてたネタじゃなくて、余裕かまして、まだ仕上がってないネタをやってグダグタになって負けたのとかは全然知らないですよ」





「めっちゃ知ってる! この野球選手、俺が思っている以上にうちらのこと知ってる!」






ちょいと悲壮感に漂う感じでツッコミの彼がそう言うと、周りのスタッフから乾いた笑いが軽く起きた。







「そりゃあね、知ってますよ。それなりにお笑い見ますし、おふたりの活躍はかねてより拝見させて頂いておりますし、正統派な漫才やコントなどを披露なされていらっしゃって、栃木を代表するお笑い職人に在らせられますから」




知らん知らんと知ったかっぶったかと思えば、突然取ってつけたような丁寧語のような口調に変わる俺の様子を見て、ツッコミの彼は、めんどくせえなこいつ、みたいな顔をする。



俺に2、3本ヒットを打たれたことのあるピッチャーと同じ顔だ。腰を低くして、わたくしめなんてたいしたことございませんわよという顔をしておきながら、1球目からしっかりとタイミングを合わせてジャストミートする。



そういうのは、勝負事の常套手段だ。



「よく言うよ。………でも、同じ栃木出身でも新井さんの今年の活躍に比べたら僕らなんてね……」




と、ツッコミの彼はそう言う。






右サイドでボールを持った俺を見て、ゴール前のヘディングで決められそうなポジションへしれっと移動したサッカー選手。





そんな感じ。急にサッカーで例えてしまった。






とはいえ、俺が出来るのはゴール前にクロスを上げることだけ。




出来る限り頭で合わせるだけでゴールになるような、精度の高いボールを供給してあげたいと思った。










「とちおとめんずの2人だって、結構今年は忙しかったでしょ。……ほら、夜中のバラエティの、ネタを披露して勝ち進んでいくやつの初期メンバーだったし………」





「他事務所の知らない新人コンビに負けてからすぐ降ろされたよ!」






「え? ああ、そうか。苦し紛れでやった風俗店の待ち合い室で会社の上司と鉢合わせコントが評判良くなかったんですよね。……でも、あれは? お昼の番組で地方の駅を回ってグルメを紹介するちょいコーナーやってるじゃん」





「1ヶ月でコーナーだけが無くなっちゃったよ!!」







「あれがあるじゃん! キー局の体張る系のクイズ番組で…………」






「出演者に怪我人が出て、子供が真似したらどうするんだとクレームも来て、番組自体無くなっちゃったよ!!」





「でもとちおとめんずさんにはあのCMがあるし!」






「CMなんかやったことねえよ!!」





俺とツッコミの彼がしばらく見つめ合い……。











「「お前もいい加減何か喋れよ!!」」






俺とツッコミの方が全く同じセリフを口にして、ただ笑っているだけでなにもしようとしないボケの彼の若干薄い頭を、これまた全く同時にペシーンと叩いた。






「わっはっはっはっ!!」





「アハハハハハ!!」






現場で多分今日1になる笑いが出ました。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る