地方だが、初テレビの新井さん

結局は3人揃って買ってきてしまった野球雑誌の話でキャッキャッキャッキャッと盛り上がりながらご飯を食べていると、俺のスマホちゃんがけたたましく鳴り響く。



画面を見ると、ビクトリーズの球団事務所からの着信であり、なんとなく嫌な予感が走る。



サラダを取り分けてくれていたみのりんに怪しい視線を向けられながら、俺はスマホを握って玄関の方に向かって着信を応答した。




「はい、もしもし。新井でやんすよ」




「こんばんは。夜に電話してしまってごめんね!」




電話の相手は、ビクトリーズ球団事務所の選手管理部長のおじさん。試合前練習の時間に、何か食べ物がないかとうろついていた時に何回か事務所付近で会ったことがある。


多分、契約更改の時に、代理人をつけない選手の隣に座っているような、そんな世話焼きおじさんな気がする。




普段は何しているのかは知らん。





「明日、ちょっと話したいことがあるから、今から言う住所に来てもらっていい?」





「はい、分かりました」




俺はちょうど玄関先にあったメモ紙におじさんが言った住所をメモしていく。




宇都宮市内ではあるがあんまり行った記憶のない場所だ。





「じゃあ、明日の午後1時によろしく! お腹は空かせておいてね」





おじさんはそう言い残して電話を切った。





一体何だったんだろうと思いながらも、言い渡された住所を書いたメモ紙をちぎり、それをスマホケースのポケットに入れて、ダイニングに戻る。




「なにー? 誰からー? もしかして、女の子だったりして」




なんてギャル美が冗談混じりに言うもんですから、みのりんのご機嫌を取るのが大変でしたわよ。





翌日。




みのりんが何処からか買ってきてくれたシャツを身に纏った俺は球団事務所のおじさんから言われた住所に向かう。



駅からそれほど離れた場所ではなく、たまに通う、仙波さんという家族がやっている駄菓子屋さんのある路地から近い街道沿い。



その少し先。



有名自動車メーカーの販売所やカラオケボックスやドリンクの営業所などがポツポツある片側2車線の街道の真ん中辺り。




下手に迷わないように見ていたスマホの地図アプリにも、何も表示されていないのだが、おじさんから言われた住所にたどり着くとそこには真新しい建物。お店があった。



外壁は真っ白で駐車場は広く、道路沿いには最新型のノボリが差し込めるパイプが並んでいる。


外壁の上と建物近くの鉄塔看板には、青と白のシマシマ模様のハチマキと間抜けで可愛らしいアンコウのデザイン。



回転型のお寿司屋さん。栃木とは同じ北関東仲間である茨城県は大洗町に本店を構えるあんこう寿司という名前のお店があった。





しかし、様子を伺うにまだ開店している様子はないのだが、何十台か車が止まっていて、お店の中にもチラホラ人の姿が見える。




そしてさらによく観察すると、駐車場の奥の方にはビクトリーズのロゴが入った車とその隣にはテレビとちぎのマークが入ったワンボックスカーが止まっているのが見える。




うちの球団の車があるのは分かるが、地元のテレビ局の車があるのが見えた時点で色々察しました。










察してしまったとはいえ、前日におじさんから午後1時に正面の自動ドアから普通に入ってきて下さいと言われておりますので、その通りに俺は普通に入店する。






…………。





自動ドアの目の前まで来たら、テレビカメラ抱えた人とか、照明器具持った人とか、釣竿みたいなタイプのマイク構えた人とか。



あんこう寿司のシンボルである青白のハチマキ巻いた女子アナのお姉ちゃんがいるし、その脇に栃木出身のお笑いコンビ、とちおとめんずの2人もいるし。





完全にロケじゃないっすか。







とか思いながら、球団事務所のおじさんに言われて寿司食べにきました。みたいな飄々とした顔で俺は自動ドアをくぐる。





すると、自動ドアの側にしゃがんでいた明らかに撮影スタッフっぽいお兄ちゃんが合図を出し、その瞬間に、パン! パパン! パパパパン! 手当たり次第にクラッカーが鳴り、俺の周りが火薬臭くなる。





「新井選手!! おめでとうございます!」




と、ニコニコの女子アナが近づいてきて俺にマイクを向ける。




「新井選手がこのお店の記念すべき1人目のお客様です! おめでとうございます!」





「は、はい。どうも……。なんです? これ……」





さらになんかもう色々分かっちゃったが、カメラも向けらている手前、俺は白々しくそんなセリフを口にした。







「新井さん! 実は今日はこういうことなんです! とちおとめんずのおふたり、お願いします!」




女子アナに振られたとちおとめんずの男2人は持っていたパネルを表にして、声高々に叫ぶ。




「食べて、食べて、食べまくれ! お寿司DE契約更改ー!!」




イエーイ!! パフパフ!! などと盛り上がっているが、まあそんな感じのドッキリみたいなノリなんだろうなあとは思いつつも……。



えー!? どういうことー! ちょっと待ってよー! みたいなリアクションをしながら、俺はセッティングされたテーブル席に座る。




「えー。私、テレビとちぎの緑川でして、新井さんのお隣にはとちおとめんずのおふたりもいらっしゃいまして。



今日はもう存分に、来年元日にオープン予定となっております、こちらあんこう寿司宇都宮店で、お好きなだけお寿司を召し上がって頂こうというわけなんですけども………」




なんか事前の説明とか、打ち合わせとかそんなものは一切なく、急に本番が始まってしまったようである。



女子アナによる簡単な状況説明が終わり、とちおとめんず。ルール説明というカンペが出た。




とちおとめんずのボケの方、なんも出来ない、いわゆるポンコツキャラのちょっと頭の茂みが寂しく見える足利という男が3つのルールが書かれたパネルを取り出した。



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