空気清浄機は本当にすごい。

「よー、さやかちゃん! 全く、びっくりさせやがって。おかげで身長が少し伸びましたよ」




「あはは!新井さんはもう少しおっきくなった方がいいですよね!」




「ほんとだよ。チミはこれからバイトかい?」




「はい、そうです! 今日はカフェの方ですね!こんな寒い日は、温かいカフェモカやココアがよく出るんですよ」



「なるほど。俺はコーヒーがちょっと苦手だから、ココアかいいかな?たまごがたっぷり入ったサンドイッチと一緒に」



「いいですね! 最近、カリカリに焼いたベーコンとレタスを挟み、特製ソースで味付けしたサンドイッチも出ましたんで、是非食べてみて下さい! ベーコンが香ばしくて本当に美味しいんですよ!」


目が閉じきるくらいに細めるようにしてキラッキラの笑顔を見せるポニテちゃん。朝からありがとうございます。




俺は心の中で礼を言った。




「新井さん、オフシーズンなのに朝早いですね」




「ああ、夜勤終わりのみのりんを迎えに行ってたから早起きになっちゃって。ちょっと暇だから午前中に買い物済ませようと」





「本当ですかあ? 実はパチンコに行きたいとかなんじゃ………」





ポニテちゃんは俺にそんな疑いの目を向ける。




ちょっとギクリとしたが、何言ってんの! 駅前の家電量販店に行こうと思っていたんだよと、俺はごまかした。




「そうだっんですか! それじゃあ、一緒に駅まで行きましょう!」



ポニテちゃんはそう言って、駆け出すようにして俺の背中を押した。







「あ、そういえば。さやかちゃんは今日の夜からみのりんと一緒にケーキ工場で夜勤じゃなかったっけ?」




「はい、そうですよ!結構ドキドキですね!出来れば、みのりさんと一緒のところになれればいいんですが………」





「これからカフェでバイトなんでしょ? 深夜も仕事で大丈夫か?」




「平気ですよ! 今日は午後3時にカフェが終わって、家で5時間くらいは眠れますし。明日明後日は昼間の間はフリーなんで」




「そう? 体調崩さないようにしてよ? くれぐれも無理しないように」




「このくらいへっちゃらですってば! シーズン中の新井さんだってすごく頑張っていましたし、私だって頑張りますよ!


今日から1ヶ月夜勤のバイト頑張れば、来年からの専門学校のお金も貯まりますし!今が踏ん張りどころですからね! 1点リードの8回2アウト満塁のピンチみたいな!ここさえ凌げば!みたいな!」




ポニテちゃんは右の拳をぎゅっと握り、澄みきった青空を見上げる。




ピンチはピンチなんだ。彼女の中では、追い込んだロンパオが得意のドロップカーブで三振を奪ったような映像が浮かんでいるのだろうか。




それにしても、わざわざ俺を引き合いに出すなんてずいぶんとご機嫌だな、今日のポニテちゃんは。





「なんか最近いいことあった?」





そう訊ねてみると、彼女は少し照れたように笑った。





まさか、彼氏でも出来たのか!?









ポニテちゃんに彼氏なんて出来たら、俺は野球を辞めるからね。契約もしませんよ。



そして、3日3晩は泣くね。枕濡らしながらわんわん泣く。それを利用してみのりんに甘えて。



さらに、最低1週間は激辛料理しか食べない。



軽くみのりんの部屋まで家出もする!




「新井さん?別に、私に彼氏が出来たとかじゃないですよ?」





「あら、そうなの? よく俺が考えていたことが分かったわね」





「最近なんとなく分かるようになってきちゃいました。………そうじゃなくて、卒業旅行ですよ! 卒業旅行! 卒業旅行の段取りがだいたい決まったんです!」




「卒業旅行? おー、そういえば前に言ってたもんね。仲良しの5人組で旅行行くって。何処に行くか決まったの?」




「はい! 場所は沖縄です! これはもう大学1年生の頃からみんなで行きたいね!って感じで決まってまして!


みんなで積み立てていたお金も貯まりましたから、ようやく今日予約しに行くんです。駅前の旅行代理店まで」





「へー。いいなー!カフェのバイトが終わったら行ってくるの?」





「今日予定がないのが、友美ちゃんという子なんですけど、彼女が代表して。みんなの積み立て金を管理してくれていたのも彼女なので」





「ふーん。いいなー、沖縄旅行かあ。思う存分楽しんできなよ」





「はい!!」






「それでは、私はこちらですので」




「ああ。バイト頑張ってね。またみんなでご飯行こうな」





「はい。行ってきます!」





普段1人で歩いている時はだりぃなぁと思っていた駅前の道のりも、ポニテちゃんと楽しくお喋りしながらだとあっという間。




駅前のロータリーまで来た辺りで、泣き叫ぶ俺に笑顔で手を振りながら、ポニテちゃんはバイトをしているカフェの方へと歩いて行ってしまった。



新井さん、もっと一緒いたいです。



って抱きつかれると思っていたから拍子抜け。好感度はそれなりに上げてきたつもりだったんだけどなあ。




いつまでも路上でひっくり返ったまま手足をバタバタさせていると通行人の女性の視線が癖になってしまうので、俺は突然真顔で立ち上がって、スタスタと駅ビルに入っている家電量販店に向かって歩き出した。





「いらっしゃいませー!」




家庭量販店の店員さんに明るく挨拶されて、俺はエスカレーターで冬のおすすめ生活家電コーナーとやらに向かった。





そこで気になったのは、加湿除湿機能の付いた空気清浄機。




ここのところ、乾燥してきた時期だからか、部屋に居ても喉がイガイガする感覚があったり、朝起きた時に口の中が気持ち悪くなる時が多かったのでこうして見に来ました。



やっぱり部屋の空気が悪いのかと思いましてね。




そして、4万9800円の空気清浄機をお買い上げになりました。


















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