ルーキーの選手に考えさせることちゃうやろ!!

結論としましては………。





「今回は、みなし首位打者も、表彰式の参加も辞退させて頂きます」






俺はそう答えた。





さらに俺は電話の向こうの野球協会おじさんに向かって、そう考えた2つの理由を述べた。





1つは、みなしという言葉が必要な時点で首位打者としての資格はないということ。




144試合という長丁場のプロ野球のシーズンにおいて、首位打者に限らず個人タイトルというものは、1野球選手としては特別なものである。




1月の自主トレから始まり、2月のキャンプ。3月のオープン戦。そして、始まる約7ヶ月間のペナントレース。



時には喜び時には苦しんで、時にはお金を払って気持ちいいことをしてもらいながら、1年間を戦い切った野球選手としての誇れる勲章。




それが個人タイトルだ。





それを100試合出てるか出ていないかの、ぽっと出の流し打ちしか出来ない28歳の童貞男がもらってよいものかと、そう思ったのだ。




最後の最後までもつれたシーズンを1年間戦いきり、チームをリーグ優勝、日本一まで導いた東京スカイスターズの1番打者にこそ、打撃成績表の1番上に名前が載ることが何よりもふさわしいと、俺はそう考えたのだ。




僅か数秒とない時間で、そんないかにもな理由を用意したこの頭脳をまずは褒めて頂きたい所存であります。









そして2つ目は、うちの監督。北関東ビクトリーズの1軍監督である萩山さんが絡む件。




野球好きが集まる掲示板やネットコミュニティなどで、俺の打率が規定打席足らずの参考記録になると分かった時、真っ先に槍玉に上げられたのは萩山監督だった。



何故もっと早く新井を使わないのか。4割の打率を残すバッターの資質をどうして見抜けなかったのか。



もっと早く起用していれば、プロ野球界の歴史が変わるところだったのに。





シーズンが進み、俺がヒットを打てば打つほど、皮肉なことにそんな声がより多く聞こえるようになっていってしまった。





無能。萩山は確かに名選手だったが地味な男。やはり無能だった。コーチとしてならそこそこだが、監督が出来る器ではない。




そんなレッテルが貼られてしまったようなものなのだ。




確かに萩山監督は有能タイプの監督ではないかもしれない。




しかし、みんなやりたがらなかった新規参入球団の監督を唯一引き受けて、故郷である鹿児島県から単身赴任して、栃木は宇都宮の地にやって来てくれたのだ。




それに他の監督なら、最初から最後まで俺なんかを使わずに終わっていたかもしれない。




全く見知らぬ土地。素性の分からないアメリカ企業球団。整うはずのない戦力。




そんな球団の監督を引き受けてくれた萩山さんには、本当に感謝しかない。









せっかくそんなほとぼりも冷めてきた頃に、俺がみなし首位打者としてどーたらこーたらなどということになったら、また野球ファンの間で萩山無能論が再燃しそう。



そんな事になったとしても、ほんの少しでも穏便に事を済ませるのが俺の役割のような気がしてきた。




それにニヤニヤしながらプロ野球アワーズに出席してトロフィーを貰うよりも、みなし首位打者を蹴って来シーズンに賭けるような姿勢を見せた方が、イメージ的にも今後の為にも得なのではないかと、新井コンピューターは計算した。





そんな考えの上で、首位打者は平柳君にこそふさわしいですと回答すると、電話の向こうのおじさんはかなりびっくりした様子だった。





「………なるほど。君の考えは理解したよ。それではそういう形でメディアにも伝えてもらうことにするから」




おじさんは最後にそう言い残して電話を切った。








これで本当によかったかなんて分からない。もしかしたら、それこそ何カッコつけとんねんと、ファンから叱られるかもしれないし、平柳君もおこぼれ首位打者みたいな感じになって悪い気分になるかもしれない。




どういう反応になるかは分からないが、自分としては、なんとなく来シーズンの明確な目標が出来たのは有難い。




俺はそう自分に言い聞かせるようにしながらみのりんのご飯を食べに行った。




ちなみにメニューは、豚肉におろポンをかけたやつと、脂の乗った立派なサンマちゃんだった。








みのりんとギャル美と行った温泉旅行の翌々日。




12月になりまして、本格的なオフシーズンになりました。もちもちの皮に包まれた2コ入りのアイスが美味しい季節です。



なんかよく知らなかったのだが、12月と1月の2ヶ月間のプロ野球選手は、球団の管理下から離れるだとさ。





だからなんなのさって感じなんだけど、その間は球団のユニフォームを着て、テレビやイベントに出る時は許可が必要だったり、球団の決まりごとの外にいれる時間だからちょっと羽目を外したりとか。




良し悪しがどちらもあるわけなんだけど、つまるところ、オフシーズンって何をすればいいんだろうと、俺はそんな考えを持ちながら午前9時くらいに駅前をぶらついてると………。





「わあっ!!」





「ひゃあああっ!!」





背後から両肩に手をとすんと勢いよく置かれてびっくりさせられた俺は乙女のような悲鳴を上げた。




振り返ると…………。






「おっはよーございます! 新井さん! 結構可愛い声が出ましたね!」





ここ数日見ない間に、前髪と両耳の前に垂らしていた髪の毛が短くなっていたので、一瞬誰だか分からなかった。




しかし、薄手のダウンジャケット越しに分かる大きな膨らみ、その形。匂い。味。その他諸々で、俺を驚かせた女の子がポニテちゃんであると、俺しっかりと理解した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る