結局童の貞は捨てれず………。

そろーり、そろーり。




俺達3人が泊まっている部屋の前まで来た俺とみのりん。


何故だかちょっと楽しくなり、互いに顔を見合わせながら、ひししししとひそひそ的笑い声を上げて、まるでピッキングをするかのように、静かに部屋のカギを開けて中に入った。




「マイちゃん、ちゃんと寝てるかな?」




「まあ、連絡なかったからね。寝てるでしょ。外出したの1時間ちょっとくらいだし」



「そうだね」




ドアを閉めて、スリッパ脱いで、またさらにそろーりそろーり歩いてお部屋を覗く。




「…………かぁー…………かぁー………」





いつものイビキをかいて、ギャル美が布団の上で仰向けになってぐっすり寝ていた。





「おー、ちゃんと寝てるな。満足そうな顔をして」




「最近、お仕事が忙しかったみたいだから。それにエステの時もすごい楽しそうだったよ」




「そう。それは良かった。………それじゃあ、俺達も寝ますか」




「そうだね………」





部屋の隅にある小さな明かりだけを点けて、俺とみのりんは互いに背中を向けるようにしていそいそと着替える。





3つ並べた布団のど真ん中をギャル美が占領していますから、それぞれ左右の布団に潜り込み、明かりを消した。





「新井くん、お休み。………今日はこんなに素敵なラー………じゃなくて、温泉旅行をありがとう」




「なあに。いいってことよ」






またこの子ラーメンって言いかけたやん。







そんな温泉旅行になりました。










イチャイチャラブラブな温泉旅行から帰ってきたその日の夕方。俺のスマホに1本の電話がかかってきた。




それも、知らない番号からの電話。






はっ!? 契約更改に関する話のやつだ! 宮森ちゃんやあねりんに、そのうちかかってくるから、必ず出なさいと言われていた電話だ!




しかも、知らない番号ってことは、登録してある球団事務所の電話や人事関係や総務関係でもない、普段1選手として顔を合わせることのない、契約更改の時くらいにしかお目にかかれないレアおじさんであるということ。




俺は下げていたピンクのおパンツを履き直して、調教された通りにしっかり電話に出た。





「はい、もしもし。新井時人でございます」





「もしもし。新井くんかい。どうも、私は日本プロ野球協会の者ですが………」






え? 日本プロ野球協会?





え? なんで? なんでそんなところから電話がかかってくるの? そんな反応になってしまったが、契約更改とか年俸がどうのという話ではないな。


ビクトリーズとは特別関わりのないおじさん。元プロ野球選手なのかも分からないようなおじさんだ。


そんな人から電話かかかってくるようなやらかしを、どこかで知らず知らずのにうちやってしまってのか、ドキドキが込み上げてくる。












「もう少しで、日本プロ野球アワーズがあることは君も知っていると思うんだけれども。1年目からすごい活躍だったね。ほら、君は今シーズン、4割1分2厘という打率を残したわけだよね」






「はい、まあ」






「今シーズンの君が規定打席に足りなかった分を全て凡退しても、東日本リーグの首位打者である平柳君の打率を越えてしまうんだよ。


いわゆる、みなし首位打者になるんだ。こうなった場合の取り決めでは当人の意思を尊重することになっていて。こちらから勝手に決めるわけにもいかなくてねえ」





話を始めると、電話の向こうのプロ野球協会のおじさんはわりと困ったような声色になっていった。




今シーズンの俺は345打数142安打の打率4割1分2厘。




おじさんが今言ったように規定打席に届く分を全て凡退すると、打率が3割9分6厘となる。




つまり、平柳君の打率を楽勝で越えてしまうわけだ。



それに本当にあとちょっと。1軍デビューからあと5試合くらい早ければ、規定打席に到達して、打率4割を達成できたかどうかはさておき、ルーキーイヤーに首位打者ということになっていたのかと、改めて思い出した。



シーズンが終わってこういう状況になるのは、プロ野球の1軍では初めてのケースらしい。










そういうわけで、おじさんがわざわざ俺のスマホに電話を掛けてきたのは、みなし首位打者になるけど、どうする?




首位打者になっとく?という内容。





しかしそう聞いた俺は、その聞き方自体が悪いと思ってしまった。





もっと最初からおじさんサイドがハイテンションな感じで………。




「YOU、とってもガンバったネ!みなし首位打者でオーケーだよネ!」




という感じで聞いてくれればよかったのに。





そうすれば俺も……。




「オッケーだYO! 表彰式に行っちゃうYO!」




などと、返事しやすかったのに。






おじさんも言っていたけど、メジャーや2軍では起こったことがあるみたいだけど、日本のプロ野球という意味では、こういうケースは初めてで、協会でも色々と会議がなされたりしたのだろう。




みなし首位打者として認定していいんじゃないか?



しかし、勝手に決めてよいのだろうか?




いつ公表するのか。本人に連絡するのか、表彰式ではどういう紹介の仕方になるのか。打撃成績表ではどう表記するのか。




なんて話し合っているうちに表彰式が間近になってしまい、慌てて当人に連絡することにした。




そんなところだろうか。





いずれにしても、みなしというワードが付いて回ることになるので、それがなんだか嫌なのもありましてねえ。









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