さっき、締めのラーメン食べましたよね?

「新井くん!こっち、こっち!いつまで寝転んでるの!センチメンタルタイムは終わり!」




寝転ぶ頭の上の方からみのりんの急かすような声がした。体を起こして頭を上げると、芝生の斜面を上がりきったところに眼鏡さんはいた。




いつの間にそこまで移動したのだろうか。


せっかくムーディーな空気を作り上げていたというのに、これじゃ台無しですわ。



「山吹さん、どうしたの?」




そう声を掛けると、彼女は川とは反対側の道路の方を指差した。





「………ラーメン屋さん、見つけた」







ラーメン?





ラーメン>俺の真剣な言葉




ということですか? ちょっと悲しいですわよ。





風に飛ばされそうになった新聞紙を慌てて押さえる。


ガサガサと言わせながら、また小さく畳んでダウンジャケットのポケットにしまいながら、俺も立ち上がって芝生の斜面を上がる。




「新井くん、早く。閉まっちゃう」





側まで行くと、みのりんはすっかり冷たくなった俺の手をぎゅっと握り、ラーメン屋に向かって力強く歩き出した。





「そんなに急がなくても大丈夫だよ」




俺はそう言ったが………。





「そんなこと分からないでしょ?」





と、眼鏡の奥で真剣な表情。ラーメンを目の前にした彼女にもはや俺の言葉なんて届かないようだ。





どんだけラーメンが大好きやねん。




ちょっと妬いちゃいますわね。








交差点の十字路。コンビニとは反対側の角。





何々温泉はこちら! とか。鬼怒川ふれあい牧場はこの先とか書いてある野立看板があるだけの空き地のような場所に、白熱灯の真っ白な光。



昔ながらというか、昭和の風香るノスタルジックなラーメン屋台がそこに出来ていた。




年季の入った太い骨木にトタン屋根が打ち付けられていて、背もたれのない丸椅子が4つ5つ並んでいる。



そして、真っ赤な暖簾の中からモクモクと大量の湯気が夜空に向かって立ち上っている。



その空き地に入ると、ラーメンのスープを煮込む、深みのあるいい匂いがしてきた。




さらに足早になったみのりんが勢いよく真っ赤な暖簾の向こうに顔を出す。




「いらっしゃい」




黒いTシャツに白いコックズボン。頭にねじったハチマキをした白髪混じりの短髪がダンディな50過ぎくらいのおじさんの渋みボイスが聞こえてきた。




「はい、新井くん。座って」




みのりんが端っこの丸椅子を引き寄せて座り、俺もその隣に腰を下ろす。



なにもしなくても軽く肩が触れあうくらいの程よい狭さがなんだか心地よい。




「新井くん、どうする?」




「うーんとねえ……」





すぐ目の前の骨木に、セロテープでA4サイズの用紙が4つ角を押さえるようにして貼り付けられている。






しょうゆラーメン 800円



みそラーメン800円。




その下に、各種トッピング出来ます。



+150円 チャーシュー 3枚




各種+100円 煮卵・メンマ・コーン・のり




たったそれだけがお品書きに書かれた、シンプルなラーメン屋台。さらに好感度が上がる。




「私、チャーシュー麺にします」



3時間ほど前に、馬刺しだの軽いステーキだの鴨鍋だのを食べて、さらにシメに塩ラーメンも食べているはずなのに、迷わず1番重たいところに飛び込む小説家志望の人。





その食いっぷり恐れ入ります。






「じゃあ、俺はメンマラーメンにしようかな」






歯ごたえ大好き人間の俺はそんなチョイス。なんならメンマだけでどんぶりめしを頬張れるくらいのメンマ好きだったりする。





俺達の会話を聞いて、はいよと反応した屋台の主人。


小さな引き出しから縮れた中華麺を2玉取り出す。黄色がかった手打ち麺。丁寧に打ち粉がされていている。


湯だった大きな鍋に掛けたアミアミの中にバシャッと麺をそれぞれ投入する。





それをじっと見ていたみのりんが………。





「加水率は35%くらいかな。中太のちぢれ麺だね。切刃は22番ですかね」





隣の眼鏡がまた何か喋った。





「おっ、お姉ちゃん。よく知ってるね。全部正解だよ」




どんぶりを用意しながら麺を湯がく店主の銀歯が光った。









「はい、おまちどおさま。チャーシュートッピングにメンマトッピングね。……煮卵は半分ずつサービスね。クイズ正解のご褒美だ」




それぞれの目の前に湯気るラーメンどんぶりがドン!ドン!と置かれた。




店主の粋なサービスに、俺達2人は揃って立ち上がり、頭を下げながらお礼を言った。




「ははは! いいよ、いいよ!初見でそこまで言い当てられる人はなかなかいないからね」



と、逆に恥ずかしそうに店主が笑う。




「はい、お箸」




「テンキュー!!」




みのりんに取ってもらった割り箸をパキッとやって、いただきますと手を合わせて、まずはレンゲですくったスープを口に運ぶ。










…………うまい。




しょうゆラーメンらしい、混じりっけのない芯が通ったスープ。味はかなり濃いめな印象だが、それが冷えた体に染み渡ってきやがる。



酒を飲んだ後の体にじわっとしょうゆ味が広がっていく。




そして箸で持ち上げた麺を少しふーふーしてズルズルっとすする。




………これもいい。





ちぢれ麺が程よくスープと絡み、もちっとした麺の歯ごたえや歯切れが心地いい。



チャーシューもしっかり旨味が感じられ、スープを吸い込んだ煮卵の半熟部分もまろやかな上に濃厚な味わい。



コリコリッとしたメンマの食感もいいアクセント。





これはうまいラーメンに出会えたぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る