サプライズする新井さん。

「さあ、お荷物をお持ち致します。どうぞこちらへ。お足元、お気をつけ下さいね」



赤く、ふかふかしたスリッパを履いて、雰囲気のある旅館の中を進んでいく。



他に2人の仲居さんも現れ、俺達はお庭も綺麗だねなどとお喋りをしながら部屋まで案内される。



綺麗に整えられた砂利の真ん中で、大きく立派な鯉の姿が見える池。その奥には鬼怒川の流れが僅かに見え、深い森林といくつかの小高い丘に囲まれている。そんな風景が見える。




ピカピカに磨きあげられながら、時の重みを感じるような深い茶色の廊下を歩くと、ほんの僅かだけ、板の軋みが足の裏から伝わってくるのが分かる。




みのりんもギャル美も、少し物珍しいといった感じで遠くの景色に眺めたり、通りすぎる建物や施設に目を移している。




「こちらのお部屋になります。足元にお気をつけてどうぞ中へ」





ドアが開けられると、風に乗って木と畳のいい匂いふわっと全身で感じることが出来た。





「山吹様。長谷川様。13時頃、エステティシャンの者がお迎えに上がりますので、そちらの浴衣に着替えて頂いて、このままお部屋の方でお待ち下さいませ」




仲居さんの1人にそう言われた2人はキョトンとした顔をして、やがて俺の方を見た。





「そうそう。まだ言ってなかったっけ。……ちょうどこの旅館に結構有名なエステティシャンチームが来てるってホームページに乗ってたから申し込んでおいたよ。東京でも予約殺到している人気者なんだってさ。


1番高いプレミアムエステコースを。もちろん、俺の奢りよ」






俺がそう説明する間に、2人の表情がびっくりしながらも、ちょっと感激するように、みるみるほころんでいった。




あまりのことすぎて、言葉を失ったような。そんな表情。




好感度もみるみる上がっていくのも俺は感じ取った。よし、やったぜと、心の中でガッツポーズ。




同じく側にいる女将さんや仲居がなんだか微笑ましくにこやかにしているのがこそばゆくて仕方がないので、俺はとりあえず踊ってごまかすことにした。





そんな俺を放っておくようにして女将さんが世間話をしながら温かい緑茶を煎れてくれて再度ほっこり。






お客様はどのようなご関係ですか?





などと聞かれたらどうしようかとドキドキしていたが、さすがは老舗旅館の女将。





女2人男1人の宿泊客にそんな野暮ったいことは訊ねてこなかった。




さっきのエステの話や旅館の軽い思い出話や夕食の話などを一通り披露し、なんだか艶っぽい雰囲気のまま女将はしばらくしてから、静かに部屋を出ていった。









「マイちゃん。そろそろ13時になるから準備しよっか」




「そうね。財布とケータイだけ持っていこっと」





俺がトイレに立った僅かな時間の間で浴衣に着替える2人のガードっぷり。




2万円のエステコースを申し込んだんだから、ちょっとくらいサービスしてくれてもいいんじゃないの。





せめて、俺の背中で着替えるとかさあ。3人部屋にしようって言ったのはそっちさんサイドなんだし。





そんなに俺って信用ないのかしら。





「新井くんはこれからどうするの?」




エステが2時間あるということでその間、俺が1人ぼっちで暇になってしまうんじゃないかとみのりんは心配している様子だがノープロブレム。




「ちょっと歩いたところに牧場があるから、そこで乗馬体験でもやって時間潰してるよ。牧場スイーツが色々あるみたいだから、2人も終わったら来てみたら?」





「牧場スイーツ!!何があるの!?」





スイーツと聞いたギャル美がテーブルの上で胸元を若干はだけるようにして食いついてきた。





「牧場だからね。アイスクリーム系とかクレープとか。なんか今日はイベントをやっているらしいから色々あるみたいだね」





そう答えると、みのりんとギャル美がはしゃぐようにして互いに顔を見合わせる。




「私、ソフトクリーム食べたい」





「いいねー! 終わったら絶対行こうね。………あんた!後で電話するから、絶対に出なさいよ!」





「分かってるって」







「それじゃあ2人とも、また後でね。さらにキレイになって帰ってきて下さい」




「あんたも、調子に乗って悪さしちゃダメよ」





「そうそう。問題起こしたら冗談じゃ済まないんだから、ちゃんと常識を持って行動してね、新井くん」






あれ? そんなこと言われちゃいます?





部屋にエステティシャンの女性2人がわざわざお迎えに来てくれて、みのりんとギャル美はウキウキしながらどこかへ連れ去られた。





2人とお別れした俺は旅館の玄関で靴を履いて表へと出る。




鬼怒川の側の道。自然豊かな散歩道をゆっくりと歩くと、なんだか1年間溜まっていた心の疲れのようなものが浄化されていく気がした。




旅館から歩くこと20分くらい。近くを通るバスでも行けるみたいだが、そのくらいの時間を歩くと、鬼怒川ふれあいグリーンパークという、大きい木の看板が道の脇に現れ、それに従うように、小高い丘の方へと足を向けた。




年末の観光シーズンとはいえ、俺と同じように牧場に向かう人が結構いて、途中の駐車場もパンパンで、臨時の駐車エリアを解放しているくらい。




すごいなあ。なかなか儲かっていそうだなあと思いながら牧場の受付まで行って、とりあえず30分の乗馬体験コースを申し込むことにした。


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