ラーメン以外のものを食べるときは、彼女の許可が必要なスタイル

「お嬢ちゃん達、ありがとうねえ。温泉楽しんできてねえ」






おばあちゃんが駅から2つ目のバス停で降りていった。







すぐ降りるんかい! と、ツッコミを入れたくなったが、よく見なくても、バス停にはたくさんの人がワクワクした様子でおばあちゃんを待っていたのだ。









「おばあちゃーん!」



「わーい、おばあちゃんだー!」






バスを降りたおばあちゃんに、バス停にいた子供達が張り倒す勢いで群がっている。





おばあちゃんが1人1人の子供の頭を撫でるようにしながら、バスの中で見せていたものとはまた違う優しい笑顔をしている。






「あの子達、全員お孫さんなのかしらね」





ギャル美が驚いた顔で外を見ている。






「そうだろうねえ。7人子供を産んだって言ってたし。下手したらひ孫がいたりして」






バスのドアがプシューっと閉まって、バスはまた走り出す。





これ以上ない幸せそうな表情で、たくさんの子供達に囲まれたおばあちゃんを見て、お年玉あげるの大変そうだなあと、俺が呟くとギャル美が………。




「バカねえ。あのおばあちゃんはそれ以上にかけがえのないものをたくさんもらっているのよ」




とか言ってきたので。





「俺もあのおばあちゃんに負けないくらい、2人にはかけがえのない幸せを掴ませてあげるのさ」





と、返してやった。









「新井くん、クサい」




「キモすぎ」






これは紛れもなく地獄のジンジャー味ですわ。






「次は、鬼怒川橋前。鬼怒川橋前です」




宇都宮の街中を抜け、国道を横切り鬼怒川街道へ。



東北自動車道をくぐって美しい森林と田園地帯を抜けると一気に温泉街が目の前に広がる。



交差点の向こう側に、鬼怒川のちょうど中央に位置するこの辺りでは1番大きい橋が見えてくると、バスの前の方に座っていた男の子が父親に抱えられながら降車ボタンを何度も押した。




交差点を過ぎ、コンビニの手前で広めに取られた昇降エリアにすっぽりとバスが停まると、大勢の乗客が荷物を抱えて座席から立ち上がる。



最後部座席に乗っていた我々は1番最後。みのりんの背中をコート越しにツンツンしながら、バスの運転手に挨拶をして、鬼怒川の地に降り立った。




「はぁー! 空気が宇都宮とは全然違うわねー!!」




カバンを肩に掛けて、両腕を空に向かって伸ばすようにしてギャル美は大きく深呼吸した。





「なー。バスで40分くらいなのに全然違うよねー」





「温泉の匂いがするね」





鼻をひくひくさせるようにしながら、みのりんは自然豊かな辺りの景色を見渡している。





「まだちょっと旅館に行くには早い時間だから、何か食べに行こうか」



俺は2人にそう提案する。




「そうね。お腹すいたわ。うちらが泊まる旅館がどの辺にあるの?」




「川の向こう側に見えるあの建物だよ。大きな木が2本見える」





「あれね。なかなか良さげな感じじゃない。やるわね」




「まあな」





「新井くん。お腹すいた。ラーメン食べたい」





「ラーメンはまだちょっとこの辺りじゃやってるところないのよねえ。………その変わり、美味しいお蕎麦屋さんがありますが」





「おっけー」





みのりんからおっけーが出ました。




よかったです。









バス停から少し歩いたところ。




孫だくさんの下ネタおばあさんは違ったが、バスに乗っていた人達はみんな同じ停留所で降りたみたい。



大きなカバンやキャリーケースを持った観光客が各々、一休みしたり、散歩したり、ご飯屋さんに入ったりと、バラけていく。



見渡せば待ち構えているかのように。天ぷら! 手打ちうどん!ランチ寿司!2時まで! 日光牛ステーキ!串もの!



などと、空かせた腹をあれやこれやと誘惑する看板やノボリがたくさん出ている。




俺達が向かったのは、深い緑色の赴きがある暖簾がかかったお蕎麦屋さん。




地元でも美味しいと評判の店らしく、まだお昼前の時間なのに、俺達と同じように観光でやってきた人達が列を作っていた。




その列の最後尾に並んで、なんやかんやと特に中身のない立ち話を10分程しながら待って店に入る。寒い中少し並んでいた甲斐もあって、温かい鴨蕎麦が身にしみる思い。




3人共に、だしを最後の1滴までごくごく飲み干す勢いで、きれいに平らげた。





その後は鬼怒川付近の風景を眺めながら散歩して、午後1時頃予約した旅館に到着した。





チェックインには少し早い気がするがそれには理由があった。





旅館の正面玄関によっこらしょと入って行くと、着物を来た女将さんがすすすと現れる。




「新井様、山吹様、長谷川様。ようこそおいでくださいました。わたくし、当館女将をつとめます、高崎しぐれと申します」




俺というのを知ってか知らずか、ピンク色を基調とした華やかな着物で、三つ指をついて丁寧に出迎えてくれた女将さん。




年齢は40すぎくらいの。



着物をお召しになっていても、なかなかのナイスバデイをしていると俺には分かる。名前通りのしぐれ具合。



きっと若い頃はよくおモテになっていたのだろう。中高生の頃は誰もが振り返るような学園のマドンナ。


大学時代は2年連続のミスなんちゃらに選ばれてたりして。



大学卒業後は、いいとこの会社のエリートサラリーマンとか、外車のカーディーラーマンとか。イギリス人の英会話教師とか。



そんな感じの男性と紆余曲折、なんやかんやありまして。両親にも色々と心配をかけたこともありましたが。



うちひしがれるような大きな恋愛を何度も経験して、旅館で立派に勤めて若くして女将になり、結局はなんでもない休日の鬼怒川の河川敷で愛犬を散歩中に出会った学生時代は目立たなかった同級生と再会し、安らぐような恋に身を寄せて、ゲッチャベイベしまして、今に至りますみたいな。






そんな女性としての深みを俺は感じた。







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