3P…………ですわよねえ。

「新井さん、お疲れ様でしたー! 今度会うのは選手総会の時ですねー。遅刻しないで下さいよー!」




「はいよー! 気をつけて帰ってねー!」





宮森ちゃんと宇都宮駅前で別れた時にはもう夜の8時になりそうな時間帯。



ちゃっちゃっと帰ってみのりん飯にありつこうと、家路を急いでいると、後ろから声を掛けられた。





「新井さん、今帰りですか?」



振り返ると、黒色のクロスバイクに乗ったポニテちゃんの笑顔があった。




彼女は軽めのとはいえ、ダウンジャケットを着ているのに、その限られたスペースの中できっちりこちらの期待通りに、健康的な胸元を揺らしながら、自転車から降りて、それを押しながら俺の横に並んで歩く。




「ふっふっふーん!」




バイト終わりというのもあるのだろうが、なんだかポニテちゃんはニッコニコ。




俺と一緒にいることがそんなに嬉しいとは到底思えない。




「さやかちゃん、なんだかご機嫌だね。何かいいことあった?」



「あっ、分かります? 実は、卒業旅行の段取りがだいたい決まりまして、すごく楽しみなんです」





「卒業旅行? 大学生っぽいね。何処に行くの?」





「まだ未定なんですが、予定では2月の半ばくらいなんで、まだだいぶ先なんですけどね。さっきアミちゃんと旅行代理店に行っていろいろとパンフレットをもらってきました」




アミちゃん? ああ。学園祭の時に本格的なカレーを作っていたあの子か。





「大学1年の頃から仲良くなった5人で行くんですけど、ずっとみんなで毎月少しずつ積み立てをしていて、ようやくこの前目標の金額まで貯まったんですよ!


楽しみで仕方がないです!実は私、飛行機に乗ったことがないんでワクワクしているんですよね!」




真っ暗になった夜空。そこに光る星々がポニテちゃんの瞳に映し出される。




いいなあ、沖縄旅行か。確か来年の1軍キャンプは沖縄らしいけど、ある程度休日があるとはいえ、とても楽しめる感じにはならないだろうしなあ。





「新井さんは旅行とか行かないんですか?」






「うーん。今のところ予定はないなあ」






「もったいないですよ! せっかく今年あんなに頑張ったんですから、オフシーズンもその分満喫しないと!」





「そうはいってもねえ。だらだらするのも好きだし………」





「ほら! みのりさんとマイさんを誘ってみたらどうです?」





「オッケーしてくれるかな?」






「絶対喜びますよ! 特に、みのりさんには毎日あんなに美味しいご飯作ってもらっているんですから、ちゃんとお礼しなきゃダメですよ」





ポニテちゃんはテンションが上がったまま、そんな口調で急にお姉さんぶる。22歳の生娘が偉そうに………。





まあでも確かに、お礼はしなくちゃいけないかもな。








「ただいまー」





お腹いっぱいケーキを食べたことも忘れて、みのりんの部屋に突入すると、唐揚げのようないい匂いがした。





「おかえり」





「あら、おかえり。なんだか早かったわね。テレビの収録はもう終わったの?」





玄関で靴を脱いでダイニングに突入すると、ピンクのエプロンをお揃いにして、みのりんとギャルみんが少し遅めの晩ごはんの準備をしていた。




揚げ物用の鍋で唐揚げを作るみのりんと、マヨネーズと醤油を加えたシーチキンを玉ねぎとレタスのサラダに盛り付けるギャルみん。




前日に話していた帰宅予定時間よりもだいぶ早かったので、2人は手を止めて不思議そうな顔をしている。





俺がポニテちゃんにも話したように理由を説明すると、2人の表情は驚いたものに変わった。




「え!? 山のぼるが病院に!?」





「大丈夫なの? 新井くん」






「まあ、ちょっと体に悪いところがあって、色々ごまかしながらテレビに出てたらしいんだけどね。……結構忙しかったり、風邪を引いたりしたらしくて……」





そんな話をしながら、俺も晩ごはんの準備を手伝う。




こっそり唐揚げをつまみ食いしたり、積極的にみのりんの膝の後ろの匂いを嗅ぎにいったり。





そして晩ごはんを頂いて、午後10時を過ぎておこたでのんびりしていても、ギャルみんが帰る様子があまりなかったので、さっきポニテちゃんにそそのかされた通りに、2人に話を切り出した。





「ねえ。そのうちさ、3人で温泉でも行けたらいいよね」




なんとなく面と向かっては言いにくかったので、2人が同時にテレビの方を向いた瞬間に、俺はそう切り出した。





しかし、それを聞いた2人の顔が凄まじい勢いで俺の方に帰ってきた。




「どうしたのよ、急に」





ギャル美がまるで告白されたみたいな顔をしている。




その開いたお口に、ヨーグルトレーズンを放り込んでやった。





「いやあ、最近めっきり寒くなってきたし、シーズンの疲れを取るために、旅行までは行かないけど……例えば温泉とか入りにいきたいじゃん?」





そう言ってみると、今度はみのりんの方からヨーグルトレーズンが俺の口めがけて飛んできた。





「いいね、温泉。入りたい」





みのりんもわりと良い反応だ。






正直、この2人とはいえ、温泉に誘うなど、最終回の1点ビハインドの2アウト満塁3ボール0ストライクから、真ん中低めのストレートを強引にスイングしに行くくらい、勇気がいる瞬間だった。




しかし、みのりんとギャル美の相手守備陣はバッテリー以外ベンチに下がっているくらいガバカバディフェンスだ。




インフィールドに飛ばせば、どこでも点が入り放題。





「ええー! 温泉かー! じゃあさ、どこ行くー!?」



ギャル美のテンションが一気にマックスになった。




みのりんの眼鏡も妖しく光る。




「え? あのおふたりとも………行くって確定したわけじゃなくて、いつか行けたらいいねって話でして…………」






「マイちゃん。この辺りだったら………鬼怒川とか日光とか? ……塩原の方とかもいいかも」





「おー、いいねー! 夕食はお肉がいいよね! しゃぶしゃぶとかステーキとか」






「お夜食に屋台ラーメンも捨てがたい」






「あー、いいわねー!みのりは本当にラーメン好きねえ。………あんた、言い出しっぺなんだからちゃんと予約しておきないよ!3人部屋よ、3人部屋!ちゃんとお布団の部屋ね!」




「3人部屋、3人部屋」




みのりんも楽しそうに口ずさむ。





「はい………かしこまりました」





思ったよりも引きが良すぎて、自慢の竿が持ってかれた釣り人。







そんな気分です。






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