チミ、どんだけ食うねん。

「山さん、一旦楽屋まで行きましょう」





俺がマットから立ち上がって前室の真ん中にあるテーブルに戻ると、数人のスタッフに支えられるようにしながら、山のぼるさんが楽屋に続く廊下の方へと向かっていく姿が見えた。



俺が暴れまわっていた間、隅っこの椅子で座っていて、なんとかスタッフ達と会話は出来て、少し顔色も良くなっていたみたい。



でも、このまま収録というのは難しいという判断だろうが、多くのスタッフや関係者も各々に付き添われる形でどこかへと姿を消し、撮影現場はなんとなくまた、重苦しい雰囲気になった。




呼ばれた演者達は、テーブルの周りに集まって、山さんの容態の話をしたり、これからどうなるんだろうと、そんな話。


俺の闘魂タイムがあったわりには、みんなで一緒のところに集まって、紙コップに入った温いお茶を何度も啜るようにしてただただ時が過ぎるのを傍観していた形だ。





これから劇場で出番があるという、前説を立派に務めたわたぽんの2人をカラミ芸の先輩芸人と一緒に見送りながら、程なくした頃。




なんだかテレビ局の建物の相当上の階から降りてきたような50歳くらいのお偉いさんな雰囲気のおじさんが現れ、演者達の集まるテーブルの側までやってきた。





「皆様お疲れ様です。………山のぼるさんの件なんですが、ちょっと体調が悪いというけとで、今マネージャーとプロデューサーの付き添いで病院に向かったことをお知らせします。


………それでですね。色々と私どもの方で協議しました結果、今日のところは収録を中止にさせて頂く運びとなりましたので………。



今後の進捗や収録代替日などにつきましては、皆様の事務所を通しまして連絡させて頂きますので………」









うわあ、中止かあ。まあ、そりゃそうだよな。






お偉いさんの説明が終わると、演者の皆様は椅子から立ち上がり、楽屋へと戻っていく。




俺も一緒になって立ち上がりながら、なぜそうなったかは忘れてしまったが、マットの上へとぶん投げてしまったディレクターやタレント達に詫びながら挨拶を済ませる。



ディレクターもお偉いさんにお叱りを受けたようで、だいぶ頭が冷えた様子で、互いにすみませんすみませんと、謝り合い。



そして楽屋に戻りながら、まだ顔合わせ出来ていなかった人や、特に同じアスリートチームになるはずだった、Jリーガーやバドミントンの選手。



特にさっき、見事な背負い投げをかまされた因縁の女柔道家にも睨みを利かせ、お返しにとおケツ叩かれた俺は宮森ちゃんと一緒に自分の楽屋へ戻った。





とりあえず靴を脱いで畳ゾーンに上がり、足を伸ばして寝転ぶ。




「はあぁー………。収録中止かあ。せっかくの初テレビだったのに。とんでもないことになっちまったなあ」




俺はあくびをしながら、そんな風に愚痴ってみた。




宮森ちゃんは側のソファーに腰を下ろしてスマホをいじっている。




「…………仕方ないですよ。今日は山のぼるさんの冠がついた特番だったんですから。他に代役も立てられませんし………。体には気をつけてもらわないと。でも、心配ですね……大したこっがなければいいんですが」



「そうだね。山さんもかなりのお年だからなあ」






ユニフォームから私服に着替えた俺は少しの間、楽屋でお茶を飲みながらまったりしていた。




今日は申し訳ありませんでしたと、はじめに案内してくれたスタッフがまた見えたりして、時刻は午後4時前。




収録もなくなってしまったので、また新幹線でとんぼ返りなわけですが、何もせずに帰るのはもったいないと、なんとなく宮森ちゃんの顔を見てみると………。






「……………ぬんぬんぬん」






ぬぬぬと何か口にしながらの彼女の瞳にはたくさんのケーキが写し出されていた。




いや、それしか写っていない。




俺の頭が、モンブランか何かに、彼女視点では書き換えられているだろう。





そういや来る時に、スイパラがどうとか言っていたしね。普段から宮森ちゃんは頑張っていますから、たまにはサービスしてあげますかね。




「宮森ちゃーん。昼間に君が言っていたスイパラとやらに………」





「行きます!? 行きましょう、行きましょう!きっと山のぼるさんもそうおっしゃると思いますよ!」




「チミ、山さんの何知ってるのよ」






こうなったらもう宮森ちゃんの独壇場。


待ってましたと言わんばかりに、彼女は俺の首根っこを掴んで引っ張り回し、楽屋を飛び出す。


帰り際にも、関係者の皆様方に最後の挨拶を済ませて、エレベーターのボタンを連打して、呼んだタクシーの後部座席に俺を放り投げた。





そんなに待ち遠しかったんですかね。








お店に着いて、少し並んで、いざテーブルに着くと、宮森ちゃんは一瞬にしてケーキを貪る猛獣と化した。




1発目には、苺のショートケーキとチョコレートケーキにチーズケーキ。



さらに、ティラミスにチョコチップがどっさりかけられた切り株みたいなロールケーキにミルクレープ。




コーンスープで一旦お口直しすると、モンブランにプリンロールに、シフォンケーキにレモンショートと立て続け。



1人で2ホール分食ったんじゃないかというくらいの凄い勢いだった。




いくら食べても、お胸は貧しいままですのに。




「新井さん、とっても美味しかったですね! また一緒に来られたらいいですね!!」






まあ、満足して頂けて何よりです。


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