桃色の闘魂、新井時人。
そのタレント達にしてみれば、楽屋からスタジオに入ろうとしたら、具合を悪そうにしている山のぼるさんと、その傍らで野球のユニフォーム姿の奴が暴れてることに驚いただろう。
「おはようございます!」
「お疲れ様です!」
と、元気よく挨拶しながら入ってきた芸能人が俺の姿を見て、思わず足を止める格好で唖然としているのだ。
正直、俺もここからどうすればいいか分からなかった。
特別プロレス好きというわけではないが、突然自らの体から溢れ出た闘魂パワーで人間を2、3人投げ飛ばしてはみたものの終着点が分からない。
このまま暴れ続けてもゴールが見えないし、かといってすっと真顔に戻って大人しくなってもそれはそれで怖い。
だから俺はなんとかしてくれ!
その目の前のテーブルにあるポットでお茶を煎れて、俺を呼んでくれ!
そうすれば、俺はなに食わぬ顔でスターンと椅子に座り、大人しくそのお茶を飲んで一息つく。
そんな流れでいけば、さっきのカラミ芸人が見ていますから。
いや、そこでお茶飲むんかい!
って突っ込んでくれるはずだ。
それが今俺が考えうる最適な場の流れ。
という気持ちで、今日は付き添いの宮森ちゃんに目配せしたのだが。
「………!!?」
ダダダダダ!
宮森ちゃんは逃げ出してしまった。まるでメタルのような逃げ足で。
何をしてんねん。
俺のアイコンタクトによって、自分も大勢の人の前で投げられてしまうと勘違いしたのか、メタル宮森ちゃんは余計隅の方へと隠れてしまった。
これだから貧乳ちゃんは。
しかし、せっかく元気ですか! みたいな状態になっているので、こうなったら女性タレントも投げ飛ばしてみたい。
そう思った。
目の前には、おバカ系としてブレイクしたが時代が悪く、あまりにもライバルが多過ぎて潰し合いになった結果、すっかり露出が減ってしまったお先真っ暗タレント。
マイナー紙のグラビア出身というのがコンプレックスで、深夜のちょっとエロいチョイ役でドラマに出たくらいで肩書きの1番目に堂々と女優と入れてしまっている、離れ乳グラドル。
誰もが知っているような有名大学出身で、せっかく朝ドラや土曜昼帯のレギュラーをやっていたのに、しょーもないSNSをUPして世間から総スカンを食らい、さらになんと言えない中途半端な謝罪をしてしまって、自ら2ランクくらい落ちぶれていったインテリ系美女とか。
本当にもったいない。自分でチャンスを掴んでおきながらミスミスそれを逃してしまう失策。
他のタレントとかとは違う才能や魅力があるのにそれを生かしきれていない感じがしてテレビで見る度にモヤモヤしていた。
そんな風に、普段から投げ飛ばしたいと思っていた人達がちょうど今目の前にいる。俺はさらに顎をしゃくらせながら、市場価値の低い順から、遠慮なくマットに放り投げてやった。
「えっ!? なに、なに!」
「きゃあああっ!!」
「怖い、怖い! やめてえっ!」
お前ら全員バカヤロー!!
3人の女性タレントを投げ飛ばした快感により、俺はこれ以上なく満足してニッコリ。
周りで見ている他のタレントやスタッフ達も、もはや笑うしかなく、どっかでカメラが回っているのではと、しきりにキョロキョロしている人もいる。
そんな中、マットに沈んだ彼女達が売れっ子であると痛感する点は、口では悲鳴を上げて嫌がる素振りを見せながらも、俺が掴み易いようにちゃんと体の向きを変えたり、邪魔になる持ち物は側に置いたり。
決して本気では逃げたりしないところ。
投げられた後も、次の人のためにすぐマットの上からはけて、場所を空ける動きをする。
そして投げられた後は3人して不満げに俺を睨み付けるような顔で合わせられるところも素晴らしい。
この辺りはさすがプロだ。バラエティの特番に呼ばれることはある。
何かのドッキリで、野球選手が急に暴れ始めたらどうする?的な感じのやつが、もう始まっているのかもしれないと、思ったりもしたのかもしれない。
その辺りも含めて、機転が利くというか、頭の回転の早さみたいなもの。今どうすれば自分が美味しくなるのかと常に考えることは、芸能界という世界で生き残る上では必要なことと言えるだろう。
などと、俺が何故だか偉そうに言ってみる。
3人のタレントも見事に投げ飛ばした俺はより一層あごをしゃくれさせて、かかってこい! と言わんばかりの構えを見せた。
すると、奥の方から1人の女性が現れる。ぬうっとちょっと暗いところから現れたのだ。
3人のタレントより小柄の女性だが、なかなかにがっちりとした体つき。そして何より、滲み出る存在感的オーラが俺には見える。
1歩1歩力強く。ずんずんと俺の側までやってくるその女性。
しかし、勢いづく俺の敵ではないと、俺は勝負だ! コノヤロー! と叫びながら掴みかかったのだが。
あっ、無理。これは投げられないやつだ。
武術の心得があるわけではないが、この女性の足は、鉄の芯が地面にぶっ刺さっているんじゃないかと感じるくらいにビクともしない。
まるで、ぶっとい柱を組み合っているようだった。
「はっ!」
その女性が気合いを入れるような短い声を発したかと思うと、いつの間にか俺は、ふかふかのマットの上でひっくり返っていた。
一瞬で背負い投げのようなものを食らったのだ。しかし、ちゃんと受け身を取らせてくれる優しい投げ方。
そうなってからやっと気付いた。その小柄ながら、がっちりとした体つきの女性は、柔道の金メダリストだということを。
そんな人を送り込んでいるなんてずるいわ。
そう思いながらも、こんなしょーもない流れにオチをつけて頂いてありがとうございますと、マットの上で土下座をしながら涙を流す俺であった。
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