新井さん、暴れる獅子となる。
なんかこう、見事なまでに言葉を失うというか。
キョトーンみたいな。
何も考えられなくなるくらい呆気にとられてしまうというか。
周りのスタッフ達も、あいつって一応野球選手じゃね? みたいななんとも言えない反応。
俺が全国区のガッツリとした野球選手なら示しがついたのだろうが、隣人である眼鏡の女の子が使用したバスタオルに、隠れて顔を埋めるような野球選手だからね。
しかも、ディレクターだから誰も言えない。傍観者になるしかない。
周りはそんな空気。
そんな状態になってしまうのが久しぶりで逆にちょっと心地よくなってしまうくらいの感覚に陥ってしまっていた。
まさか、俺と前説をやっている若手芸人を間違えているとは。
だから、こんなに二言三言で我を忘れるくらいに激怒していたのか。顔を真っ赤にして、目を血走らせて。
スタジオに比べると、いくらかは暗めな感じの空間とはいえ、真っピンクの野球ユニフォームを着ているのは分かるだろうに。
まだ業界に慣れていない新人スタッフならまだしも、そこそこキャリアのありそうなディレクターが、プロ野球マンと若手芸人マンを間違えている上に、誰のおかげで………。
などと、今のご時世で1番してはいけないタイプのイキり方をしてしまい、もはや俺と同じ感情や空気感が周りの人間も同じくして抱いているのを感じ取ってしまった。
この状況をどう乗り切ろうかと、ほぼ胸ぐらを掴まれているような状態のまま、俺は真剣に考えた。
いやいやいや! 誰がわたぽんやねん!
と、明るくツッコミを入れるか。
はい、どーもー! わたぽんでーす!! 今日も頑張っていかなあかんなー! 言うてやってますけども………。
みたいにおどろけた方がウケたりしてごまかしが効くのか。
などと、色々考えました。
色々と考えた結果………。
「うおおおおぉぉっ!!!」
ディレクターをぶん投げた。
いまだに怒りに満ちた表情のままで、俺の可愛いピンクユニフォームから手を離さないディレクターの黒いカーディガンを逆に掴み返した俺は、その男を引っ張って力いっぱいにぶん投げた。
何故だか側には、体育の授業などで見たことあるマットが置かれていたのだ。
番組の何かのコーナーで使用するものなんだろうけど。
それは跳び箱とかでの着地するところに敷く、ちょっと硬いホワイトマットではなく、走り高跳びで使用するグリーンの分厚いタイプのマット。夏場の炎天下では、火傷するくらいに熱くなるやつ。
ホワイトの方のマットといえば、小学2年生の体育の時間に、敷いたマットの下になんかコクワガタみたいなのがいたのが見えたんですよ。
他のクラスメイトが整列し始める中俺はただ1人、マットの下に指を突っ込んでそのコクワガタを捕まえようとしていたら、それを見た担任の先生が……。
「みんな、新井くんを見てみなさい。ちゃんとマットの耳を畳んでしまっているだろう? 彼は誰がか足を引っ掛けて怪我したりしないようにしているんだよ。みんなも見習いなさい」
みたいなことを言われてから、慌ててマットの耳を触り始めた記憶がある。
そのことを通信簿にも書かれたりして。
でも他にもあったやん!!かけっこはクラスで1番速いとか、サッカーボールを1番遠く蹴れるとか色々さ。
そういうのを通信簿に書いてくれよ!
などと、子供ながらに思ったことを何故だか今思い出したりしていた。
そんなマットの話なんかどうでもよくて、この状況を打開するために俺が何をしたかと申しますと、もう我を忘れて怒っているだけのディレクターをそのマットにぶん投げてやりましたよ。
ちょっと周りのスタッフやタレントも、横やりを入れてくるような雰囲気ではなかったので、自らこの状況をブレイクしたわけ。
高校の時の体育の先生に教えてもらった払い腰で。
ビターンとマットに沈めてやりましたよ。
ちょっとこう顎をしゃくれさせて、バカヤロー! とか叫びながら真っ赤なタオルを首にかけて。
気分的にはそんな感じです。
ディレクターの男は面食らった様子で、俺を見ていたが………。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様でーす!」
と、少し額に汗を光らせながら前説を終えて前室にやってきたわたぽんを見て、ディレクターの男はようやく間違いに気付いたようだった。
しかし今、闘魂の2文字が燃えたぎる俺はそのわたぽん2人をもマットに向かって投げ飛ばす。
「うわっ!!」
「なんですか、ぐあっ!?」
やきう選手になってから、日々ウエートトレーニングに励んでいるおかげで、男1人投げるなど容易い。
「かかってこい!!」
そう言いながら振り返るとそこには、番組に出演する大勢のタレント達が勢揃いしていた。
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