ガヤ芸人はやっぱりやかましかった。
「やった! 新井くんのユニフォームに新井くんのサインをもらったぞ!!」
山のぼるは、ピンクストライプのビクトリーズユニをわざわざ用意してきていた。背番号64の入った俺のレプリカユニフォーム。
胸のロゴの下と背中の背番号の下にサインを施してくれた懇願。もちろん俺は快く承諾し、さらに妻の分もと、ビジター用のユニフォームにもサインをした。
「よーし! これで家内の機嫌も直るぞ! やった、やった、やった!…………あと」
と、ユニフォームを広げて喜ぶ山さんが突然よろめくようにしてバランスを崩しそうになった。
慌てて俺は彼の体を支えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「なあに。平気よ! ……ちょっと嬉し過ぎてな」
そう言って山さんは靴下を滑らせるようにしながらなんとか立ち上がった。
平気と言う割にはちょっと不自然なバランスの崩し方だった。突然体の力が抜けてしまったみたいな。
それに顔色も少しおかしい。
「山さーん。お疲れ様です! ………あなたは、誰です?」
ドアを少し乱暴に開け放つようにして、俺と同じくらいの年齢の男性が楽屋に入ってきた。
そして俺にどちら様? とでも言いたげな表情を浮かべた。
俺が小踊りしながら、なんとなくプロ野球選手であることを説明すると、明らかに興味がない様子で、あっそう……みたいな態度を取った。
俺なんかプロ野球界でもそんなに有名な存在ではないかもしれないが、あからさまに見下した態度を取らなくてもいいのに。
タレントが凄く能力のあるいい人なのに、そのマネージャーが何故か傲慢な態度という、業界あるあるな一面を見た気がした。
しかし、そのマネージャーがきたということは俺お邪魔だろうと察することができるところでもあるので、俺はあくまで低姿勢のまま、山さんの楽屋を後にした。
そして廊下に出るやいなや………。
「おーい! あれやん! わたぽんやん!!お前、山さんの楽屋前でなにしてんねん!」
廊下の端から端まで響き渡りそうな程によく通る関西弁が背後から聞こえた。
そこには、関西出身の人気お笑い芸人がいた。毎日のようにテレビで見る売れっ子。
今回俺も出るバラエティ番組にレギュラー出演している芸人さんだ。
芸風は目に映ったものにはなんだろうがダミ声でツッコミを入れていくようなカラミ&イジリ芸の達人。
アイドルだろうか先輩芸人だろうが、大物俳優だろうが。
全く物怖じすることなく、自分のお笑いスタイルを貫き通すプロフェッショナルだ。
つまりはその芸人さんが俺を見つけて、同じ事務所の後輩芸人に似てるやんと、早速絡んできているわけだ。
「自分あれやで! わたぽん知ってる!? めっちゃ似てるで!!」
青いパッケージのタバコとオイルライターを手にして、喫煙所から戻ってきたのだろうその芸人さんは、目を三日月のような形にして、ほっぺたを盛り上がらせて嬉しそうに指差す。
そしてその体勢のまま、こいつ何を言い返すんやろ? みたいに希望に満ちた目で俺を見てくる。
とりあえず俺は、わたぽん知ってますよ!
この前のコントの賞レース番組で3位になったコンビでしょう! ……それとおはようございます。
と返した。すると彼は………。
「おはよう、おはよう! 今日、わたぽんが番組の前説で来てんねん。ちょっと待っといてな!」
廊下の真ん中に俺を待たせたまま、その芸人さんはどこかへ走っていった。
そして2、3分経って戻ってきた。
そのわたぽんのボケを担当している男の首根っこを掴むようにして角を曲がってきた。
そして俺のすぐ横に立たせると、ほらー!2人めっちゃそっくりやーん! と、さらに騒ぎ始めた。
「写真撮ろう、写真! ほら、そこに並んでや!」
俺とそのわたぽんの片割れが、まともにはじめましてなんて言い合う時間すらなく、まくし立てるように、壁際に並ばせ、スマホで何度もパシャパシャと撮影された。
「じゃー、次はバット構える感じな! ほら、バット構えんねん!…………はい、オッケー!!」
他の出演者とおぼしき俳優やタレントの人たちが通りすぎていく中、ノリと勢いで始まった写真撮影はやっと終わった様子。
「はじめまして、わたぽんの君島です。ボケやってます」
と、彼の方から挨拶してきたので、俺も真似するようにして頭を下げて自己紹介する。
「どうも。北関東ビクトリーズの新井です。レフト守ってます」
「どうも、どうも」
「どうも、どうも」
と、ぎこちなく握手を交わすと、また先輩芸人が大笑いした。
俺とわたぽんの君島さんは、自分でも分かるくらいよく似ている。
やや丸い輪郭に、いつも笑っているようなつぶらな瞳。ぺちゃっとした大きめの鼻に、薄めの唇。短髪に切り揃えられた無造作気味の頭。
身長も体つきも似たような感じだ。
決してイケメンの部類ではない。
「君島! 今度、新井さんの物真似やらせてもらえや! ほら、細かすぎてのやつで。ユニフォーム着て、打撃フォーム似せたら行けるやろ!」
「は、はあ………。いいんすかねえ」
と、君島さんは少し俺の様子を伺う素振りを見せた。
「どうぞ、どうぞ! やりたかったらどんどんやって下さい。俺も物真似してもらえたら嬉しいですよ!」
と、快く了承した。
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