みのりんさん、それは聞いてて下さい。
「………な、なにをしているのですか、あなたは……そんなことをされても困ります」
すっと細く通ったお鼻。いもりんと同じく透き通るような白い肌を持つ、クールな印象のあねりんも、突然の土下座を目の当たりにして、さすがに少しは焦った様子だ。
よし!クールビューティーを困らせたぞ!
と、内心ガッツポーズをしている場合ではない。
とはいえ、自分の妹の件で他人である俺に土下座されているのだ。焦らないはずがない。かなり流れを変えることが出来た。
その焦りで、その御み足をパカパカしてくれないかと期待したが、さすがにそれはなかった。
その代わり、あねりんは土下座する俺にこう言ってきた。
「それではもし、みのりがこのままアルバイトを続けて、あと2年経って小説家になることも出来ず、就職することも出来ないとなったら、あなたは責任を取れるのですか?」
あねりんの言葉が俺の胸に深く突き刺さる。
それでも、次の言葉が自分でもびっくりするくらいすっと出てきた。
「もしそうなった時は、みのりさんをお嫁さんにもらいます。そして、一生かけて幸せにします。………俺にだってそのくらいの覚悟はあるつもりです。俺にとって、みのりさんはただの隣人や友人ではありませんから。
俺達はもう、2人で1つなんです」
言い終わった後にうっすら気付き始めたのだが、これはほとんどプロポーズみたいなものである。
急に恥ずかしさがじんわり染み出してきた。顔が熱くなるのが分かり、フローリングに着く手の平が少しずつ汗ばむ。
いもりんの顔はもちろん、あねりんの顔も見ることが出来ない。
それ故に僅かな間、また沈黙した空気が流れてると、ため息をつくようにしたあねりんが口を開いた。
「分かりました。顔を上げて下さい、新井さん」
とは言われたものの、まだ恥ずかしさが俺の中で充満していますので、土下座の格好から腕立て伏せの格好に切り替え、ふんっ! ふんっ!と体を上下させる。
野球選手らしさをアピールしていく。
「お手洗いに行ってきます」
まだいもりんのことを認めたわけではないようだが、俺の土下座が伝わったようで、あねりん静かに椅子から立ち上がり、トイレへと入っていった。
俺もゆっくりと腕立て伏せを止めて立ち上がる。
その動作内でチラリと見たみのりんが涙を溢れないように、天井の照明を見るようにしながら、目尻に指を当てていた。
それを見た瞬間、泣かしたろ! という気持ちが芽生えた。
「山吹さん。君は自分のペースで頑張ればそれでいいよ。君が一生懸命なのは俺が1番よく知ってる。それでも、もし疲れてしまって諦めそうになった時は俺のところにいつでもおいで」
「……ぐすっ……え? ごめんなさい。今、新井くん、何か言った?」
「おい」
「………えっとね、つまり………」
もう1回言い直そうか、ぎゅっと抱き締めようか、とりあえずいもりんの眼鏡を外してベッドに押し倒そうか、どうしようかと悩んでいると………。
ピンポーン!!
玄関のチャイムが鳴った。
「もしかして、マイちゃんかな?」
そう言って立ち上がろうとしたみのりんを俺は再び座らせた。
「俺が出るからいいよ。……あなたはお湯を沸かしといて」
「お湯?……どうして?」
「すぐに分かるさ」
俺はポケットの財布をごそごそとやりながら、玄関に向かう。
その途中、あねりんが使用中のトイレの前で土下座の時以上にフローリングに顔を押し付ける。
ドアの下の僅かな隙間に視線を集中させて。
ふんーっ、ふんーっ!と、鼻息を荒くして。
決して覗こうとしているわけではない。
もしかしたらトイレの中で気を失ったりしているかもしれないからね。
4割打者はあらゆる可能性を模索しますからね。
ゴゴゴゴゴ………。
トイレの中からは、何故だかあねりんの殺気に満ちたオーラを感じる。
どうやら心配はなさそうだ。
「新井くん………。何をしているの………」
背後からは、いもりんにも見下すような視線を浴びている。
完全アウェイになった。
俺は玄関へと逃げ出した。
「はいはい、ただいま開けますよー!」
と、俺は返事をし、カギを開けてドアを開け放った。
「こんばんは! お待たせ致しましたー!福富寿司です!」
ドアを開けると割烹着姿の明るいおばちゃんの笑顔。
外は黒。中は朱色。俺は松の木の模様が入った大きな桶をおばちゃんから受け取り、代金をちょうどで渡した。
「はい、こちらサービスのお味噌汁の素とだし巻き玉子になります」
「おお! ありがとうございます!」
「桶はまた明日、取りに伺いますので玄関先によろしくお願いします。………失礼します」
おばちゃんは玄関のドアをゆっくりを閉める。
俺は大きな寿司桶を頭の上で抱えるようにして、ダイニングに戻った。
「見て、見て!美味しいお寿司が届きましたよー!!」
「!!」
「!?」
お寿司のお………と言った瞬間に、あねりんといもりんがすごい速さで俺の方を見た。
その時俺は、お寿司にして良かったなと、心の底からそう思った。
「寒いからおこたの方で食べようか」
「みのり! 小皿とお醤油!」
「分かってる! お姉ちゃんはお箸とお椀を用意して。あと、ビールも!」
「ラジャー」
さっきまで大喧嘩していたとは思えないくらいの見事な連携プレー。
みるみるうちにお寿司パーティーの準備が整っていく。
俺がお寿司をおこたテーブルまで運び、テレビを点けて座布団に座るまでの間で既に、朗らかな笑顔をしたあねりんが缶ビールを俺に向かって傾けようとしていた。
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