タイショー!アワビ寿司2貫くれい! あいよっ!
テーブルに着いた俺に温かいお茶を煎れて、みのりんも、お姉さまがいる手前か、恐る恐るといった様子で俺の隣に座る。
目の前の湯飲みから湯気が立つだけ。
椅子に下ろしたおケツのポジションが悪かったりして、モジモジしたりする時の、衣服が擦れる音すら目立ってしまうくらいのピンと張り詰めた空気。
それがみのりんのお姉さんが持つ、クールな雰囲気に合っていると言いますか。
みのりんのよりも細い眼鏡のフレームから醸し出される知的ビューティーな感じがたまらない。
もしかしたら、みのりんが今邪魔なのかもしれない。
そんな風にすら思えてくる。
「……………」
「……………」
「……………」
少しの時間、3人の間に沈黙が支配する緊張感が漂い、そしてさらに空気が張り詰める。
この空気感でこの姉妹2人がどんな話をしていたのかだいたい分かる。
「ぺぷちっ!」
そんな空気を俺のくしゃみがぶち壊した。
その瞬間、ここまでキープしていた二重モードも解除されてしまう。
俺に武器はなくなった。
「なるほど。話は聞かせてもらった」
キリッとした表情でごまかす流れに持っていこうとした俺だったが、みのりんのお姉さま。
あねりんの冷たい視線が突き刺さる。
ひどく興奮するぜ。
「みのり。いつまでもアルバイトなんてしてないで、ちゃんと就職しなさい。お父さんもお母さんも心配してるのだから」
と、まるで叱りつけるようにあねりんはみのりんに対して口を開いた。
「それは分かってるよ。………でも、一応はアルバイトでもちゃんと働いて、こうして1人暮らししてるし、お父さん達には迷惑かけてないし………」
と、みのりんが反論すると、あねりんはバンとテーブルを強く叩いた。
「そういう問題じゃないの! あなた今年で26歳になったんでしょ! いつまでアルバイトなんかしているの! 30や40になっても定職に就かずにずっとふらふらしているつもりなの!?」
「そんなつもりは………」
あねりんのまくし立てるような言い方にみのりんは言い返すことが出来ず、手を膝に置くようにして俯いてしまった。
確かにあねりんの言いたいことは分かる。確かにいつまでもアルバイトしているわけにもいかないし、そんな現状を心配するのは家族として当然。
当然だが、もちろんみのりんは決して無計画な眼鏡娘ではなく、小説家になりたいという思いが根底にあるから、アルバイトをしながら、その他の時間では野球ものの小説の執筆を進めているというわけで。
それはもちろんあねりんも知っているのだろうけど、どこかでけじめをつけなさいと言いたいのだろうと俺は思う。
どっちの言い分も分かるやつ。
夢を叶えたいという妹と、それを応援しつつも、ちゃんと現実を見ておきなさいという姉の言い分がちょうど真ん中でぶつかっちゃったやつなのだ。
確かにどこかの会社に就職しながら、地道に執筆を続けて小説家を目指すことは可能だ。
それは本人の力量と頑張り次第でどうにでもなる問題だ。
しかしながら、新しい職場環境になれば、やる仕事も変わるし、人間関係も変わるし、悩みも増えたりすることだろう。
そうすると、生活の中で、執筆の比重が変わってしまうというか、疎かになってしまうというか。
なんだか夢が遠退いてしまう不安にかられるものだ。もしかしたら、小説を書くことが苦痛になってしまうかもしれない。
夢を追うことが辛くなる。
俺もそうだった。
俺の場合はこれがなりたいというものがあったわけではないが、就職してしまうと、その会社の色になってしまう。自分が自分でなくなるような気がしてなかなかその1歩が踏み出せなかった覚えがあった。
そんな気持ちを抱えたまま、27歳までズルズルとアルバイト生活。
いつまでパチンコ屋なんかでアルバイトしているんだと、よく両親から言われていたのを思い出す。
そう言われる度に、俺はこんなところで終わる男じゃないと、反骨心を剥き出しにしていたものだ。
何の力も能力もなかったくせにな。
「お姉さん。今、みのりさんは変われるかもしれないんです。……一応は野球選手である俺と接する中でのリアルな野球生活というか、そういうのを目の前で体験出来ているんです。
ですから、その…………あと2年。あと2年だけ彼女に時間を下さいませんか?
どうかこの通り!」
気付けば俺は、ダイニングのフローリングであねりんに向かって土下座をしていた。
それは言葉通りの意味と思いが半分。ワンチャン、あねりんのおパンツを覗けないかという気持ちが半分。
いや、4ー6。
いや、2ー8だ。
控えめに言って2ー8だ。
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