地味に習字道具が重くて嫌になるのよ。

「ほら! 奥の方からアンダーシャツが出てきましたよ!」





眉間にシワを寄せた表情の宮森ちゃんが勝手に俺のロッカーに手を突っ込み、真っピンクのアンダーシャツを持つ。



いかにもばっちいものを見るような目で。




指先どころか、右手の人差し指と親指の爪でアンダーシャツのギリギリをつまむようにして嫌そうにしている。






夏の終わりごろの試合で、13ー1くらいで負けた時にムカついて投げ捨てるようにして脱ぎっぱなしになってロッカーの奥に埋もれていたやつですから、ばっちいに違いはないですが。






本当は嬉しいくせにぃ。と、俺は心の中でせせら笑う。





「そういえば宮森ちゃん。俺の契約更改はいつなの? 予定表に名前がなかったんだけど」






「それに関しては私も詳しくは聞いていませんが………。そういう話なら、ヒラの私なんかよりも山吹さんに聞いた方が早いですよ」




山吹さん………? ああ、オーナー秘書兼球団監査役でもある、みのりんのお姉ちゃんか。



ちょうど1年前の入団契約する時とその後に2軍の球場でちょろっとお見かけしたくらいですが。




「そのうち、球団から連絡があると思いますよ。ちゃんと電話に出て下さいね。…………そんなことより、新井さんは早くこのロッカーをなんとかして下さい」





彼女はそう言って立ち上がり、どこかへ姿を消した。






健全な雑誌とかを健全じゃない雑誌を紐でまとめて、ゴミを全部袋にまとめて、持ち帰らなきゃいけないやつはバッグやリュックに詰め込んで。



なんだかんだ言いながらの宮森ちゃんがわざわざ持ってきてくれた紙袋に、グラブやスパイクの手入れ用のオイルやらソックスバンドやら、よく分からんうちに紛れていた試合球やら、普通におパンツやら。




宮森ちゃんが拭き掃除をしてくれたおかげもありましてロッカーはキレイになりましたが、なかなかの大荷物になってしまいましたよ。



小学校の夏休み前の終業式の日とかに、クラスに2、3人は絶対いたじゃない?



お前、今から夜逃げするんか!?っていうくらい最後の日に荷物パンパンになって帰ろうとするやつ。



ランドセルがしまらないくらい教科書でいっぱい。縦笛も乱暴にぶっ刺さっていて、脇に体操着やら給食着がぶら下がり、さらにそのランドセルの上からこれでもかと真ん丸になったナップザック。



首から絵の具セットや裁縫道具の袋をぶら下げ、手には習字道具とピアニカやらなんやら。



ちょっとずつ持ち帰りなさいという担任の先生の言葉も聞かずの無計画なバカ野郎がよくいましたよ。





「新井さん、すごい荷物ですねえ。家まで車で送りましょうか?」



宮森ちゃんが俺を見てケタケタ笑う。





大人になってもたいして変わりませんよ。








宮森ちゃんに車でぶいーんとおうちまで送り届けてもらった夜。




夜7時くらいまで自分の部屋でゲームをして時間を潰し、お腹がすいてきたのでそれも止めにして、俺はみのりんの部屋へと向かった。





今日はキムチ鍋にすると言っておりましたから、あの眼鏡さん。





俺はルンルン気分でジャージ姿にサンダルで自分の部屋を飛び出し、みのりん部屋のチャイムをピンポーンと鳴らした。





しかしその時から妙な違和感があった気がした。




何かいつもと違うような違和感。





でも怖い感じのそれではなく、むしろちょっとテンションが上がるような違和感。普段感じている俺好みの美少女臭が俺の鼻先を刺激してくるようなそんなのもを感じた。





「……………」






それにいつもよりみのりんがドアを開けてくれるのが遅い。





いつもなら、ピンポーンと鳴らしてから……1、2、3、4、5くらいでガチャリ。お帰りー。みたいな感じなのに、今日は10数えても開かない。




15。







20でようやく開いた。






「……………」







いつもゆりゆっくり開かれたドアから徐々に見えたのは今にも泣きそうな表情で俺の顔を見上げるみのりんの顔だった。





「……………どうしたの?」





と、俺は訊ねた。







するとみのりんは外から吹く北風にかき消されそうな細く弱い声で…………。







「今、お姉ちゃんが来てて……………」








そう言った。







その一言で俺は色々と悟る。





今のみのりんの境遇とか。小説家を目指していることとか。何回か会っただけだが、厳しそうなお姉ちゃんだなあと思ったこととか。



色々気付いた俺は………。





「ちょっとおめかししてくる」






俺はみのりんにそう言って、自分の部屋に戻り暗い部屋でスマホを手にした。








スマホをベッドの上へ手放した俺は、シャワーを浴び、ワックスで髪の毛をセットして、フェイスクリームを塗った。



さらに眉毛を整えて、何があるか分からんから勝負パンツを身に着けて、ちょっとフォーマルな格好にお着替えして、再度みのりんの部屋に突入した。




目をクッ! っとやって二重モードにしてみのりん部屋のダイニングに足を踏み入れる。





そこにはちょっと不機嫌そうに怖い顔をしたみのりんのお姉さまがいらっしゃった。



ピシッとした黒いスーツをお召しになっている。白く覗かせるブラウスの膨らみ具合から察するにBど真ん中といったところだ。


襟足ほどに切り揃えられた黒い髪。細く整った眉毛にくりっと大きい瞳と華奢な白い肌は姉妹そっくり。




違うところは、姉の方の目付きが怖いことくらい。



みのりんはひっそりとしずかーに教室の隅で本を読んでいそうな感じだが、姉は常に周りに向かって目を光らせている学級委員タイプだ。





それもそれで興奮する。





その興奮が出てしまったせいか、俺は迷わずお姉さまの隣の椅子に腰かけてしまった。




それを見て、ゆっくりと湯飲みをテーブルに置いたお姉さまが言う。





「こういう時は私の向かい側に座るものですよ」





「こりゃ失礼しました」






俺はテーブルの下をくぐって、向かい側の椅子に座り直した。

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