いいおだしの匂い。お腹が減ってしまいますわね。

「すみませーん! 2つ下さーい!」



30歳くらいの女性が現れ、財布の中のお金をまさぐりながら、右手で指を2本立てる。




「かしこまりましたー!」



と、俺は返事をして、おでんリーダーの方の彼女は、容器におでんタネを盛り付けていく。


年下の方の子は、お客さんと金銭のやりとりをしながら盛り付け終わった容器につゆを足したりというフォローに回る。



そして出来上がったアツアツのおでんに、俺がお箸と辛子を付けてお客さんに渡すという流れ。





1人捌いて2人捌いて。




これは楽勝だなあと余裕しゃくしゃくでいたら…………。




「3つ下さーい!」






「4つ下さーい!!」






「6個下さーい!!」





などと、大量注文が入り始める。






「丸山さん! お会計終わったら、大根とたまご入れるのお願い!!」



「わ、分かりました! その前にこっちのお鍋の仕込みも…………」





「あ、そっちはまだ大丈夫!! こっちの什器分で裁けるから! 先に注文入った分早く作っちゃって!」




「わ、分かりました!!」






今日は予報よりもちょっと寒いからだろうか。




つゆ香るおでん鍋のある屋台に、スタンドから降りてきたファンがわらわら集まり始めてきた。





「えっと、大根、たまご、こんにゃく………ちくわも入れて…………」




おでんタネは全部で5種類。




鍋からトングやさいばしをちょちょいと使って容器に盛るだけなのでそう難しくはないが、2人でこなせる以上にお客さんが襲来してきたので、おでんスタッフの女の子2人はその小さなお胸が無防備になるくらい忙しくしている。



特に年下の方の子は、お金のやりとりをして、アルコール消毒して、おでんつゆを注いで、またお金触って、今度は空いた什器にタネの仕込みをしてなどと、てんやわんや。





「仕込みは俺がやろうか?」



と、俺はそう申し出た。








「え、えっとでも! 手伝ってもらうわけには!」



と、年下の方の女の子は慌てたが、逆にリーダーの女の子は、盛り付けるようの花柄菜箸の入ったアルミのカップを俺の前に置いた。




「それでは、私が大根とたまごとこんにゃくを入れますので、ちくわと牛すじを入れてもらえますか?」





「オッケー!……いらっしゃいませー!」



年下の子が注文を受けて用意した容器にリーダーがつゆを入れて、大根、たまご、こんにゃくを並べて、俺がごぼうが穴に入っているちくわとトロトロになっている牛すじをちょちょいと入れて、お客さんに渡す。



外野最深部からの流れるような中継プレーのように、スムーズなおでんの提供で、次々に押し寄せるビクトリーズファンを蹴散らしていく。




「おいしいねー!!」




「あったまるわー!!」




おでんを購入したお客さんがお店の前でホフホフと食べ始め、それを見ていた別のお客さんがつられてやってくる。




つられてやってきたお客さんがまたちょっと離れたところでホフホフするのでそれを見たまた別のお客さんがやってくるという屋台商売としては理想的な展開になってきた。




什器の中にたっぷり詰まっていたおでんタネはどんどんなくなっていき、後ろの小型冷蔵庫の中にあったストック分もどんどんなくなっていった。






「「ありがとうございましたー!!」」




最後のお客さんに3人揃ってお辞儀をする。



予想を遥かに上回る売れ行きにおでんの什器は見事に空っぽ。煮詰まってすっかり色の濃くなったつゆが残っているだけで、用意していたおでんタネは見事にすっからかんになりました。



後からやってきたお客さんは残念そうな顔をして、仕方なく他の屋台へと回っていく。




「いやー、この短い時間でたくさん売れたね!凄いよ!!」



「凄いですよね!私もびっくりしました!」




頭を締め付けていた赤い三角巾を外しながら、滲んだ額の汗を拭う。




「2人ともお疲れ様です。はい、これ飲んでください」




リーダーの子は、キンキンに冷えた缶のスポーツドリンクを俺と年下の子に渡した。



同じ動作でプシャッとプルタブを起こして、中の冷たい液体をグイグイッと飲む。



おでん什器によって熱せられた空間から解放してくれる冷ややかな潤いが身体中を駆け巡る気がした。




「新井さん、生き返りますねー!」



「なー!」




年下の子とにっこり笑い合っていると、リーダーの子は、売り上げを麻袋にザバーッ! っとお入れになって、それをリュックサックに入れて、それを背負いながら立ち上がった。




「私はお金を預けてきますので、2人はそれまで休憩していて下さい」




「うい! ………1人で大丈夫? 警護しようか?」



なかなかの大金だし、そう申し出てみたがリーダーの子は首を横に振る。




「大丈夫です。いつもそうしていますし。すぐに関係者の通路に入れますから。ゆっくり休んでいて下さい」




リーダーの子はそう言ってスタスタと歩き去って行った。










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