みのりんは結構容赦ない。

「ふう。疲れましたね」



「なー。お腹もすいたね」




「そうですねー」





スポーツドリンクの缶を持ちながら、屋台の陰に隠れるようにしてしゃがんで俺と若い女の子は休んでいた。




「君はいつからビクトリーズスタジアムでバイトしてるの?」




「後半戦始まった頃からですね。……普段は3塁側でドリンク系をやってるんですけど、今日は寒いからおでんを売ろうって話になったみたいで、さっきの先輩さんと急遽この場所に借り出されました」





「そうなんだ。今、大学生?」





「はい。4年です」




「就職は決まった?」





「はい、決まりました。そんな大きいところじゃないですけど、事務職で」






「野球好きなの?」







そう訊ねると、女の子は少しどうしようかというような顔になった。





「んー、どちらかといえば………サッカーの方が……」





「そう。正直でよろしいですわねえ」




「あ、でも! 私の仲良い友達に野球大好きな子がいますよ!! しかも、新井さんが1番好きって言ってました!!」




「またまたそんなこと言って!! じゃあ、その子を連れてきなさいって話ですよ」




「本当ですよ! 今まで野球は興味なかったらしいんですけど、生で新井さんのプレーを見て好きになったって言ってました! 本当です!!」




目をくわっとさせるようにして、女の子は俺のことを睨み付けた。







分かったよう。と、しょうがなく俺が1歩引く感じになると、少し離れたところから………。




「えーん! えーん! ママァ! どこいっちゃったのー!」




と、周りの壁や天井に反響するようにして、喘ぐ幼女の声が聞こえてきた。








泣き叫ぶ幼女に打球反応した俺はいつもの守備の時よりも、5割増しのスピードを発揮して一直線に駆け出し、幼女の側に寄り添う。



一瞬で寄り添う。匂いを嗅ぐ。




「どうしたのー? ママがいなくなっちゃったのー? お兄ちゃんが一緒に探してあげるねー」



幼女の腰に手を回してよいしょっと持ち上げて、お尻の下に腕を回して片手で抱えるようにして抱っこする。




シーズン中も、幾度となく各地の幼女わ満足させてきた俺ですからね。幼女の扱い方は、みのりんの扱い方よりも心得てますよ。




みのりんの扱い方を教えて欲しいですよ。 ラーメンで釣る以外で。





「お嬢ちゃんお名前はー?」





「…………まりあ」





「まりあちゃんかー。可愛い名前だねー。電車で来たのー? それともブーブーで来たのかなー?」





「でんしゃー」





「電車で来たんだねー。どこから来たか分かるかなー?」




「おやまー」





「小山ねー………。ちゃんと言えて偉いですわねー!じゃー、わたくしと一緒にママを探しに行こうねー」




「うん!」








幼女がえーん!えーん!と泣いていたのは1塁側スタンドに入る階段の近く。


食べ物系屋台ゾーンの真ん前で、近くにはトイレがあった。



冷静に考えるに、トイレに行った母親が帰ってくるのを待ちきれなかったか、何かに気を取られてフラフラとはぐれてしまったか。



そんなところだろうか。







とりあえず、迷子のまりあちゃんを抱っこして、イチゴアメを買い与えてそれをペロペロとさせて、少しでも不安な気持ちを和らげてあげながら、俺は迷子を探していそうな母親を見渡してみる。







「あ! 新井くん! どうしたの?」





するとみのりんを見つけてしまった。





いや、見つかってしまったという表現の方が正しいかもしれない。






ともかく、可愛らしい幼女にイチゴアメを食べさせながら抱っこしているところに出くわしてしまったのだ。






「あ、あの!山吹様! これはちょっと事情がありまして!」






浮気がバレた時ってこんな感じなんだろうなあと、俺はそんな風な予感を覚えた。






「そんなに慌てなくてもいいよ、新井くん。迷子の女の子なんでしょ? それくらい分かるよ」




と、みのりんは慌てふためく俺のブルブル震える姿をを見て少しおかしそうに笑いながら、女の子の頭を優しく撫でた。





「泣いたりしないでいい子にしてるねー。お姉さんも一緒に探してあげるから心配しないでねー」




普段のみのりんとはまた違う印象の微笑みと声色だ。






「あらー。あんたこんなところにいたの?」




「新井さん、みーつけた!」





俺の匂いを辿るようにしてか、ギャル美とポニテちゃんもやってきた。





「えー!? 迷子!? 大変じゃない! 今すぐお母さんを探してあげないと!」




といって1番慌て出したのはギャル美。



あやしているつもりなのか、幼女の柔らかそうなほっぺたをぐにぐにとやりながら、1人で落ち着きなく慌てていた。



そんなギャル美のお口に振り乱した髪の毛の先が入ってしまっている。




俺は右手を伸ばし、その髪の毛を撫でるように取ってあげながら提案する。



「トイレに行ったんじゃないかと、思ったんだけど、ちょっと見つかりそうにないから、俺はこの子連れて、迷子センター的なところを探してみるね。山吹さん達は子供を探していそうな女の人がいたら一応声掛けたりして教えてくれる?



俺、今スマホ持ってるから。まあ、電車で小山から来た、まりあちゃん4歳ということしか分からないけど」





「分かった。それじゃあ…………」




みのりんがスタジアムマップを広げる。



そして、ギャル美がデザインしたデフォルメな俺のキャラクターが付いたペンを取り出し、1塁側の物販エリア辺りを3等分する。




「私この辺りから探すから、マイちゃんはここ。さやかちゃんはこの辺りをお願い」




1番おっぱいが小さい人が何を偉そうに仕切ってんねんと、思いながら俺はみのりんのほっぺをツンツンする。



みのりんはそれを振り払いながら、さらに2人に指示出しをして、ギャル美とポニテちゃんはそれぞれの持ち場へと散っていった。





「私のこっちの方を探そうと思いましたけど、女の子が心配なので新井くんと一緒にいます」




「ええ!? どうして?」





「どうしてか、自分の胸に聞いてみて下さい」





「なるほどね」

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