ファンの間で、20年は語り継がれるやつ。
2ボール1ストライクからの4球目。投球練習の時に比べたら、だいぶスピードを落としてやっとストライクに投げられるようになった桃ちゃん。
もう細かいコントロールは難しく、 ベルトの高さの打ちやすいところにしかボールは行かなくなってはしまったが、ようやく試合はそれらしくなる。
2軍の若手選手はそんなボールを容赦なく強振。
ハーフスピードのサービスボールを思い切り引っ張った。
打球は痛烈な当たりとなって3塁線に飛ぶ。
こっちに来た!!
と、気付いた間にはなんだか突然スローモーションになった感覚。
もしかして、俺は覚醒しているのか。
そんな考えすら脳裏に浮かぶ余裕すらある。
バッターがインコース寄りのボールに対しての引っ張り込むようにスイングしたのが見えて、打球がこっちにきたのが見えた瞬間にはもう飛び付いていた。
上手く反応出来たということなのだろうか。
左足で強く人工芝を踏み込んで思い切り。体をいっぱいに伸ばして、左腕も伸ばして、差し出したグラブの中に、寸前でショートバウンドした打球がバシッ!っと、しっかり入った感覚だけが分かった。
そして見える真っ白の3塁ベース。
思い出す。桃ちゃんに言った自分の言葉。
俺は立ち上がり際に右足で3塁ベースを踏みつけた。
3塁ベースの角をしっかりと踏み込み、グラブの中のボールを右手に持ちかえる。素早く握り変えた割には、ボールの縫い目にきっちりと指がかかっているのを感じる。
2塁ランナーも気を使っているのか、少し膨らむようにしてこっちに走ってきてはいる。
もちろんそれに当たらないように、少しピッチャーマウンドの方に左足を出しながら、サイドスロー気味に体をひねって前をしっかりと向いた。
いわゆるスナップを生かしたスローイングで送球が高く浮いてしまうことだけはないように、手早く2塁へ投げる。
2塁のベースカバーに入った高田さんのタイミングに合わせながら真っ直ぐボールを送る。
そしてこれまた高田さんの胸に向かって糸を引くようなこれ以上ないコントロールの送球がいく。
セカンドの高田さんも、俺の送球を捕球した瞬間には2塁ベースから足を放して送球動作に入るようなスレスレのプレー。さすがはどこでも守れる男。動きが軽やかだ。
スライディングする1塁ランナーをいなしながら1塁へ素早く送球する。
バッターランナーが体全体で1塁ベースを舐めるような勢いのあるヘッドスライディング。
ファーストの奥田さんががっしりとした体をいっぱいに伸ばして高田さんからの送球を掴んだ。
「アウト!!」
1塁審判をやっている若手選手がバッターランナーの滑り込みと、ファーストの奥田さんが捕球したタイミングを確認して、気合いの入ったプロの審判並に右腕を大きく振ってアウトのジェスチャー。
トリプルプレーの完成である。
奇跡だ。
そんなプレーが完成した瞬間、地の底から唸りをあげるような歓声が上がった。
もちろんグラウンドにいた誰もが、よもやの三重殺に驚きを隠せない。
ピッチャーの桃ちゃんが俺のおケツ狙いでしがみついてくる。
「うおおーっ!!新井さん、やば! 凄い!!」
「いやいや、桃ちゃんもよく2ボールからストライク投げてくれたよ!」
「新井さん、凄い反応でしたよ! 普段から守備でそういうプレーして下さいよ!」
「え?」
桃ちゃんの一言にえ? と、なりながらも、ベンチに帰りながらハイタッチを求めるチームメイトの賑やかさにかき消された。
「新井ナイスー! サードのが向いてるんじゃない?」
「新井がサードじゃ絶対抜けると思ったわー」
「まぐれっぽいけど、オッケー、オッケー」
「うわー。新井さんじゃないみたい」
などど、ベンチに帰るとチームメイト達は言いたい放題。
あれ?俺ってそんなに守備がダメな子でしたっけ?
普段から俺なりに頑張ってるつもりだったんですが。
「「アライ! アライ! アライ!」」
とは言っても、ビクトリーズファンは俺のことを分かってくれている。
アライコールに応えるようにして、俺はベンチの前で踊り狂った。
「3回裏、チーム阿久津の攻撃は………1番、サード、新井」
さっきのトリプルプレーの立役者ということでさらに株が上がった俺の第2打席目。
マウンド上は、柴ちゃんに変わって、今シーズンは代打の切り札として活躍した川田ちゃんが上がっていた。
川田ちゃんの今シーズンの成績は打率2割4分1厘、6本塁打、27打点。
出場80試合としてはまずまず。
一時期、ファーストや外野手としてスタメン出場する場面もあったが、左バッター故に技巧派タイプのサウスポーに苦しみレギュラー定着とはならず。
それでも、代打としての打率2割8分5厘、3本のホームランも放つなど、勝負強さが光るバッティングが出来る彼はチームに必要な存在だ。
その左投げの川田ちゃんが少しぎこちない投球フォームでボールを投げる。
右バッターのベルト付近に食い込むようなストレート。
「ストライク!」
なかなかいいボールだ。
そして2球目。今度はそこから若干甘く入ってきたボール。
俺は打ちにいく。
が、いっちょ前にそこからスライドするように曲がってきた。
詰まらされる。若干詰まらされるも、そこからが俺のバッティング。
詰まることを恐れず、しっかりと体の回転を生かしてスイングし、右手でボールを捕まえる感覚で、詰まりながらもさらに右方向へえおっつけるようなバットの出し方。
痛烈な打球ではないものの、打球は飛び付いたファーストの脇を抜けてライト前へと転がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます