阿久津さんが楽しそうに交代を告げていた。

「アンパイアー! ターイム!!」


ベンチで腕組みをしていた阿久津監督がのっそりと立ち上がり、大きな声でタイムを要求しながらマウンドに上がる。


内野陣もスタンドやグラウンドを見渡すようにしながらぞろぞろと集まり、みんなで俺を囲む。


「ちょっと疲れてきたか?ちょっとコントロールがバラついてきたね」


阿久津さんが俺の肩に手を置きながらちょっとからかうように、にやついた。


強がりボーイの俺はそれをすぐさま否定する。


「い、いや! 別にまだまだ余裕ですけどね!」


「ははは! それのわりにはだいぶ疲れた顔をしているぞ。無理をするな。桃白と交代な。お疲れさん。よく頑張ったな!」


そう言われて俺は持っていた半ば強引に真新しいボールを奪われた。


少し悔しい気持ちになりながらも、後ろに下がって冷やしておいたアイスでも食べようと思いながらマウンドを下りてベンチに向かおうとすると、阿久津監督に呼び止められた。



「新井。お前サードな」



「サードっすか?」



「うん。お前を交代させて、特定のファンに怒られたくないし」



「あら、そうですか」




「ある程度クールダウンのキャッチボールやっておけよ」




「はい、分かりました」



特定のファン? 俺にそんな方達はいましたかな?







「チーム阿久津、選手の交代をお知らせします! ピッチャーの新井がサード。サードの高田がセカンド。セカンドの小野里に代わりまして、ピッチャー桃白。以上に代わります!」



「桃白がピッチャーかあ!」



「新井ー! サード頑張れー!しっかり守れよー!」



ピッチャーに桃ちゃんがコールされると、強肩で知られている彼だからか、一体どんな速い球を投げるんだろうかと、期待するファンが多いようだ。


その彼自身も、いつもの黒く長い外野用のグラブではなく、鮮やかなオレンジ色のピッチャー用グラブを左手に、右肩をぐるんぐるん回しながらマウンドに現れた。


軽くマウンドをならして、早速1球投球練習で投じる。



ビシュッ!



ギュルルル!




ズバーン!!



俺よりも数段速いストレートが北野君のミットに収まった。



振り返ってスコアボードを確認すると、138キロを計測していた。




速い。


その後もビュンビュンと速いボールをガンガン投げ込んでいる。



ピッチャーやった方がいいんじゃないの?って思うくらい。



「新井さん! サードに打たせますよ!!」




投球練習を終えた桃ちゃんがニッコニコでそう言った。



俺もグラブを上げながら……。



「おう! トリプルプレーにしてやんよ!」



と応えたのだが………。







「ボール!」




「ボール!」





「ボール!」







「ボール!フォアボール!」






あら。いきなりフォアボール。いきなり押し出しですか。


同点になってしまいましたわ。



まあ、俺が打たれたせいでノーアウト満塁という場面で引き継がせる形になってしまったのは申し訳ない。



キャッチャーの北野君も、ランナーいないつもりで投げましょうと、ど真ん中だけを構えていたのだが。





「ボール!!」






「ボール!!」






低めにワンバウンドしたり、アウトコースに大きく外れたり。


自分でもどうやってコントロールをしていければいいのか分からないというような。


そんな状況だ。



ここは、同期入団で同ポジで年上の俺がマウンドに歩み寄って声を掛けてあげることにした。



「大丈夫か? 桃ちゃん。ストライクが入らないみたいだね」



6球連続ボール。押し出しして、さらに2ボールという状況に桃ちゃんは今にも泣きそうな顔になっていた。


「新井さーん。どうすればストライクになりますか?」



桃ちゃんは俺にそう訊ねる。



「うーん。まあ、もっと気楽に投げたら? キャッチボールの延長だと思って。それともう少し歩幅は小さくていいだろうね。その方がコントロールはつきやすいだろうし。



…………後はもう少しバッターの内側を狙ってテイクバックを少し小さめにして投げるつもりで。さっきから見てると、バッターの外よりに外れているからさ」



俺はいっちょ前にそんなアドバイスをしてサードのポジションに戻った。







「桃白ー! 楽にー!!」




「桃白さーん! 頑張ってー!!」



スタンドのファンからの温かい声援が俺の頭を通り越して桃ちゃんまで届く。


ビクトリーズファンは優しい。


野球に限らず、新設された球団やチームのファンというのは少なからずそう言った傾向にあるものだけれど。




今年夏頃に15連敗した時も。




普通ならブーイングだったり、グラウンドにものが投げ込まれたり、はたまたグラウンドに乱入するおじさんが現れたりするんじゃないかと、連敗中はずっとひやひやしていたけど、基本ずっと温かい声援だった。



そんなことをなんだか今思い出した。



それがちゃんと聞こえたのかどうなのかは分からないが、桃ちゃんはふーっと深呼吸するようにしてから投球動作に入る。


さっきまでみたいに投げ急ぐ感じではなく、ゆっくり足を上げて、タメを作って、キャッチャーのミット目掛けて、しっかりとボールを投げた。




ズバン!!



右バッターのインコースよりにボールがいった。




「ストライーク!!」




オッケー、オッケー。急造ピッチャーなんてそれでいいのよ。



キャッチャーから返ってきたボールをキャッチした桃ちゃんも1つ安心。




そして2球目。



桃ちゃんは全く同じところに投げた。



バッターが今度は打ちにいく。




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