ふふっ、所詮は俺がいないビクトリーズ打線よ。

初球。


ホームラン打たれたから、なおさらまたカーブなんじゃないかと考えているだろう赤ちゃん。


低めを狙ったストレートが上手くコントロールミスしてインコースのギリギリにいきストライク。


その後の2球は少し力みが出まして、ボールが高めに外れてしまった。


捕球した北野君が肩を上下に動かして楽に楽にというジェスチャー。


ストライクを取りにいった4球目のストレートを引っ張られるも、1塁側スタンドへ大きく切れるファウルボールになり、ほっと胸を撫で下ろす。


そして5球目。北野君のサインチェンジアップ。


緩いボールだからと、投球フォームまで緩まないように、今までよりも速いストレートを投げるつもりで、強く腕を振って一生懸命投げた。


そのボールは頭になかったようで、完全にタイミングを狂わされた赤ちゃんは泳ぐようなだらしないスイング。


しかし、カンッ! と、いい音が鳴りセンター後方に飛ぶもさすがに頭を越えることはなかった。


フェンス手前、10メートルくらいのところでのセンターフライ。


それでもだいぶ冷やっとした。


まんまと打ち取られた格好になり、ちょっと恥ずかしそうにしながら赤ちゃんはバットを拾い、ベンチに下がっていく。


1アウト、1アウト。



「3番、ライト、高田」







1アウトランナーなしとなって、打席には高田さんが入った。


ビクトリーズきってのユーティリティプレイヤー。


俺より3つ年上の31歳。プロ10年目。


内野ならどこでも、なんなら外野もオーケー。入団したばかりの頃はキャッチャーの練習もしたことがある。


そのくらい器用で何処でも出来る選手だ。


しかしそれ故に、全てのポジションで層の薄いビクトリーズではたらい回し。


開幕はファースト。ときたまセカンド。夏場は不調の赤ちゃんに代わってショートに回り、シェパードが不振になればまたファーストへ。秋には各ポジションのバックアップ要因としてベンチを温めることも多くなってしまった。


打順も2番だったり、6番だったり、7番だったり。左ピッチャーが先発ならスタメンだが、右ピッチャーなら終盤の代打要因になることもあった。


そのせいか、高田さんの特徴であるセンター返しの意識が高い堅実なバッティングがなかなかコンスタントには発揮出来ず、打率はキャリア最低の2割2分6厘。


ホームラン数も1シーズンフルで出れば5、6本くらいは打てる選手だが、今年は2本だけ。


しかし、堅実なプレースタイルと何処を守っても1軍レベルの守備力を発揮できる高田さんはチームにとってはもちろん不可欠な存在だ。


萩山監督が直接連れてきた選手だしね。





カンッ!



バシッ!



シュッ!



「アウト!」



高田さんも俺の遅い変化球を引っかけて3塁線への内野ゴロに倒れた。


ふっふっふ。分かっていても、どうしてもタイミングが早くなってしまう素人ボール。



赤ちゃん同様、風俗アニキもわたくしの術中にハマりましたわね。


普段、140キロだの150キロだのを相手にしている選手がちょっと実戦から離れた状態で120キロいかない真っ直ぐを打つのはなかなか難しかったりしますよ。



さらにそこから20キロ遅いカーブやチェンジアップを低めに投げ込めば、彼らは面白いまでに泳いでくれる。



こんな試合だから、みんなホームラン狙いだからなおさら力みまくっているし。


4番に入った、バッティングは得意な方であるローテーションピッチャーの連城君もタイミングを狂わされたような顔とバッティング。


変化球を2つ見せてから、最後はアウトローのストレートを引っかけて平凡なショートゴロ。


きっちり守る急造内野陣の守備を称賛、拍手しながら、俺はニッコリとベンチに戻った。



「ナイスピッチング、新井さん」


「どーもー」


「さすが元ピッチャー! コントロールいいっすね!」



「まあな!」



年下の選手にそうおだてられ、俺はさらにニッコリになった。







「新井ー。調子はどうだ?」



「あ、阿久津監督。お疲れっす!」



「まだ投げられそう?肩とか肘とか大丈夫か?」



ベンチに戻り、スポーツドリンクを一気飲みしたせいで、それを気管に入れてむせていた俺に阿久津監督はそう訊ねてきた。



俺はゴホゴホと何回か咳をして落ち着きを取り戻しながら、、右肩をぐるんぐるん回して快調をアピールする。



「全然よゆーっす! なんなら、5回まで完投出来ますよ!」



「いや、そこまで投げなくていいよ。後に桃白と守谷も投げるし。………くれぐれも無理するなよ。もしどっか痛くなったりしたら、投げてる途中でもすぐに止めろよ」



「分かってますって」




阿久津監督は心配性だなあ。




なんて話をしていたら、うちの打線は頼りなく、向こうのチームよりも簡単に打ち取られてあっという間に3アウトチェンジ。



向こうチームの柴ちゃんも、2イニング目に入ってだいぶピッチャーとしての感覚を掴んできたらしい。


俺よりもはるかにいいボールを投げ込み、チームメイトに誉められて思わず笑顔をこぼす。




よーし! 俺も負けてられないぞ!












……などと考えながらマウンドに上がったわけですが……。




「オッケー! ナイスバッティング!!」




ノーアウト満塁になってしまった。

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