やり返される新井さん

キャッチャーの北野君が球審を務める選手と軽く会話をしながら、マスクをかぶってホームベースの後ろでしゃがむ。


それを確認しながらストレートの握りでボールを持ち、俺は軽く振りかぶる。


ぐっと体に力を込めながら左足を上げて少しタメを作り、体重移動を意識しながら踏み込んで真上から腕を振る。


スパーン!



多分120出てるか出ていないかくらいのストレートだが、ど真ん中にいったボールを北野君はいい音を鳴らして捕球した。


その音がバックネットや周りのフェンスに跳ね返ってきて、1球投げ終わった俺の耳に届く。


やはりそれは気持ちがいいものだ。


ストレート、カーブ、スライダー、チェンジアップ。


我ながらコントロールはなかなかいい。


最後の1球を北野君が2塁へスローイングすると、ネクストでずっとニヤニヤしていた柴ちゃんが左バッターボックスに入る。


「1回裏、チーム鶴石の攻撃は……1番、ピッチャー、柴崎」


よーし。3人娘が見ていますからね。今日くらいはカッコいいところを見せて、奇跡のハーレムルートに突入したいですわよ。



俺はカッコつけてロジンバックを地面に叩きつけ、北野君のサインを見て、1つ首を振ってカーブの握りに変え、柴ちゃんに対して第1球を投げた。






俺が投げた乾坤一擲のカーブ。ちょうど100キロくらいのふんわりしたカーブが高めからど真ん中に向かっていってしまった。



ここはいっちょ同期割みたいなもので見送るサービスとかしてくれないかなあと考えたが、俺も初球を打ったわけだから、おあいこですかね。



カッキイィィッ!!!




それはそれは凄い打球音。グラウンドやベンチはもちろん、スタンドの何処にいても聞こえてきそうなくらいの乾いた、いい打球音。




今シーズン。俺が6月の半ばくらいに2番打者として柴ちゃんの打席のほとんどをネクストの輪っかから見ていたが、数えるくらいしか聞いたことがないそんな打球音。


7月の頭の札幌での試合と、8月の横浜の3連戦のあの時と、9月のビクトリーズスタジアムでサヨナラ勝ちした試合の時の………と、なんとなく全部思い出せるくらいのそんな貴重性。


珍しいといっても差し支えないくらいのものだが、柴ちゃんがそんな打球音を残した時は全てスタンドの中段くらいまで楽々かっ飛ばす打球をかましていた。


つまり、今まさにその打球をかっ飛ばされました。


11月末の宇都宮の澄みきった青空に柴ちゃんの完璧な打球。


右中間スタンドの2列目、3列目辺りにその打球が着弾した。







「入りましたー! 柴崎選手のホームランが飛び出しましたー!」


進行役の男性が打球が飛び込んだスタンドの方を見上げながらマイクで叫ぶ。


「新井さーん!ウェーイ!!」


柴ちゃんはダイヤモンドを1周しながら俺に向かって煽るようにガッツポーズ。


スタンドの歓声に応えながらゆっくりとホームインした。



くそう。



どうやら初球カーブを狙われていたようだ。


もうハナっからそんなスイングだったもの。


遅いボールを引き付けて思い切り引っ張ってスタンドインを狙うようなそんなスイング。


低めに決まって、つんのめるようなスイングにしてやりたかったけど、ど真ん中ではお話になりませんわ。


学生時代にもよくホームランはポコポコ打たれましたけども。


一瞬。


一瞬なのよね。


投げ終わって打たれた時にはもう遅い。麻雀で相手の当たり牌を切ってしまった時のような感覚。


まんまと相手の待っているところに自分から飛び込んでしまったのだ。


「新井さん。ドンマイ、ドンマイ!」


北野君がそう言いながら、球審から受け取ったボールを俺に投げ渡す。


まあ、打たれて当然といえば当然。


むしろ、俺がピッチャーなのに打てない方がヤバいからね。


ファン的にも、0行進よりもバカスカ点が入る方が面白いし。


俺はそう切り替えることにした。





2番バッターは、今日ファーストに入っている赤ちゃん。ビクトリーズの4番だ。


今シーズンの赤ちゃんの成績は、打率2割4分6厘、13本塁打、67打点。9盗塁。


ここ2、3年怪我に泣いたり、キューバに武者修行に行ったりと、日本プロ野球の1軍は久々ながら、自身最多となる130試合に出場するも、4番としては最下位のチームとはいえ、だいぶ物足りない数字。


夏場チームが15連敗している時には、長く不調に陥ってしまい、12球団最多となる22個のエラーも記録してしまった。


しかし、時たま目を見張るようなホームランやファインプレーを見せるのも彼の特徴で、特に強肩を生かしたスケールの大きい守備は憧れるものがある。


三遊間の深いところに転がったゴロを逆シングルでキャッチして、そこからノンステップで1塁に強烈な送球をするところなんて、そこだけ見ればメジャー級とも言える。


しかしそれにこだわり過ぎて、カメラマン席にぶち込む大暴投がたまに御座いますが。


まあでもそんなスケールのでかさみたいなものがありますから、チビッ子からの人気も高い。


そんな赤ちゃんは、柴ちゃんが目の前でホームランを打っているからか、俄然やる気に満ちた様子で左バッターボックスに入った。



俺相手に全く手加減する感じはなさそうだ。





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