エースな新井さん。
ランダンプレーの場合、守備側は基本的に挟んだランナーを手前の塁へと追い詰めるようにしてアウトを狙う。
そうすれば、ミスが出たとしても、先の塁への進塁は阻止出来る可能性が高まるからだ。
三・本間で挟まれているのでサードベース方向へチーム鶴石の面々は俺のおケツを追いかけ回す。
彼女や奥さんと若干レスってるから、その捌け口にしようと俺を追いかける。
一方の俺は逆にホーム方向に行こうとするのではなく、3塁方向へとあえて逃げようとする。
3塁方向に行く時は全力ダッシュの姿勢を見せて、ホームに向かう時はボールを持っている人間とがっつり視線を合わせるようにしながらゆっくりと追いかけてもらおうとする。
守備側が想定している動きとは逆を演じるのだ。
すると、守備側は少しリズムを崩す。
5人6人でボールを投げ合う中で、基本に忠実に3塁側に追いかけようとする者と、俺の動きに合わせてホーム側に追いかけようとするものと別れてくるのだ。
すると、選手の間と距離が間延びして、次第に俺が逃げ回るスペースが広がっていく。
それを察して慌てた本職はピッチャーの人間が………。
ゴツン。
送球の手元が狂って、軽く放ったボールをヘルメットをかぶった俺の頭に当ててしまう。
俺はイエーイしながら楽々先制のホームを踏んだ。
「これはチーム鶴石にミスが出てしまいました! チーム阿久津にとってはラッキーな1点!挟殺プレーでも諦めなかった新井選手が先制のホームインです!
いやあ、慣れない守備位置での影響が出てしまったのでしょうか!?チーム鶴石のメンバーは、互いに責任を擦り付け合っています!」
そう実況されると、されると、スタンドからはどっとと起きた笑いと、ちょっと呆れたようなため息が入り混じる。
もちろん、鶴石監督の怒号も飛ぶ。
「イエーイ、ナイスラン、ナイスラン!」
「新井さん、ナイス! よく粘りましたね」
「サンキュー、サンキュー!みんなも1発狙っていけよ!」
ホームインした俺をチーム阿久津の面々がハイタッチで迎える。
「お前を1番にして正解だったな。投げる方も頼むぞ」
「お任せあれ」
阿久津監督もとガッチリ握手を交わす。
グラウンド上では、誰のせいでホームインされたかという醜い責任の擦り付け合い。
その向こう側で、内野ゴロを打った奥田さんがちゃっかり3塁まで到達していた。
粘った甲斐があるってもんですよ。
その奥田さんに拳を挙げると、彼も両手を挙げてそれに応えた。
「チーム鶴石の皆様。早く守備位置にお戻り下さい。……バッターは、4番、キャッチャー、北野」
ウグイス嬢のナイスツッコミにまた場内が笑いに包まれる中、打席には北野君が入った。
ビクトリーズは今シーズン、鶴石さんと鎌田君の捕手2人体制が主だった。
それは35歳の鶴石さんが全試合に出れるくらいまだまだ健在だったのと、1人でも投手の頭数を揃えないと戦えないくらいブルペン陣が不安だったことが根底にある。
キャッチャーに3人費やす余裕がなかったのだ。
ベテランの鶴石さんが正捕手を務めるのは実績でも実力でも当たり前として、2番手捕手は誰なのかという争いが春キャンプが行われてきたが、1軍の座をを勝ち取ったのは、総合的に安定している鎌田君だった。
肩の強さというところでは、北野君が上回っているが、打撃と守備がてんでダメ。
バッティングはその辺のピッチャーの方がよっぽどいいスイングするし、守備に関しては2アウト満塁でフェアグラウンドのキャッチャーフライを普通に落とすわ、頻繁に長打コースに向かって暴投するわで正直2軍レベルとしても怪しいくらい。
対して鎌田君はキャッチャーとしては全て平凡なものの、それでも安心して起用出来るくらい、北野君は見ててハラハラする。首脳陣からすれば胃がキリキリすることだろう。
俺としてはそれが逆に面白くも感じたりはするが。
カキィ!!
その北野君のバットからなかなかの快音。
ドンピシャのタイミングで捉えた打球は低い弾道で真っ直ぐセンター方向へ。
センターの連城君が慌てるようにバックして、少しジャンプするようになりながらその打球をキャッチした。
グラブから白いボールが少しこぼれるように見えるアイスクリームキャッチ。
スタンドからおおっ!っと、歓声が上がる。
しかし犠牲フライには十分。3塁ランナーの奥田さんがセンター方向を見ながらゆっくりとホームインした。
ファンから常に選手の姿が見えるようにと、ベンチ前のファウルゾーンにパイプ椅子を並べた簡易ベンチに、奥田さんと打った北野君が戻ってきた。
「おしいなあ! でもナイスミート!」
「ういっす!」
「奥田さんもナイス!」
「おう!」
チーム阿久津は、1番に俺を置く布陣で幸先よく2点を先制。
1回裏、チーム鶴石の攻撃。
今度は柴ちゃんに代わって俺がマウンドに上がる。
当たり前だが、レフトのポジションとは見える景色が全然違う。
360度のスタンドが全て俺の方を向いているように感じられて、周りの内野手が1塁へ送球練習をしている姿がすぐ近くで見える感覚がなんだか懐かしい。
高校時代。
高校3年の6月の終わり。夕暮れの練習試合以来のピッチャーマウンド。
そう思うと、体の奥底から震え上がってくるものを感じる。
ファン感のお遊戯試合なのに。
思わずこぼれそうになった涙を汗のように拭いながら、足元で拾ったボールの感触を確かめて、ピッチャープレートに左足を合わせ、キャッチャーである北野くんの方を見た。
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