ファン感!
「ただいまより、チーム阿久津対チーム鶴石の試合の開始に先立ちまして、両チームのスターティングメンバーを発表致します! 阿久津、鶴石の両監督が事前にドラフト形式で選手を選び本気メンバーでスターティングラインナップを組んでおります!
それでは発表致します!まずは先攻のチーム阿久津。……1番、ピッチャー、新井」
チーム阿久津、チーム鶴石と表示されているだけの場所。
1番上に俺の名前が入り、横のLEDビジョンに俺のニッコニコ写真がバンと出ると、スタンドのビクトリーズファンが面白がるように沸く。
えー! 新井がピッチャー!?
うそー、出来るのー!?
そんなリアクションだ。
「2番、ショート、杉井」
本来は外野手の杉井君がショート。
「3番、ファースト、奥田」
ベテランサウスポーが今日は大学時代以来のファースト。
「4番、キャッチャー、北野」
ファン感謝祭のお楽しみ紅白戦なので、基本的には全ポジションをごっちゃまぜにしようという流れなのだが、キャッチャーだけはちょっと危ないので本職の人間が務めることになった。
チーム阿久津のキャッチャーは2軍正捕手の北野。
このお楽しみ紅白戦が、今季初の1軍初出場である。
阿久津さんのもっと頑張って欲しいという思いが込められた4番キャッチャーでのスタメン出場だ。
「北野君、受けてくれい!」
「もちろんっす!」
俺はベンチの端っこで箱に入っていた真新しいボールを握って、北野君に声を掛ける。
身長が185センチあり、ちょっと細身な体型の北野君がキャッチャーの防具一式を装着して、チャッカチャッカとベンチ前に現れる。
目測で18メートル程適当に離れてまずは立ち投げ。
軽く振りかぶるオーソドックスなフォームでビシュッとボールを投げる。
真っ直ぐ伸びたボールが立っている北野君の胸元へ。
バシィといい音が鳴り響く。
「オッケイ、ナイスボール!」
北野君はそう言ってボールを投げ返す。
そしてまたすぐにもう1球。今度は少し低くいってしまったが、なかなか感触は悪くない。
4球5球立ち投げをして、北野君を座らせた。
本当はブルペンにいってきっちり投げ込みたかったのだが、試合開始まで10分もないということなので仕方なく。
ぺらっぺらのホームベースも見つからず、白いタオルを地面に置いてそれらしく見立てて、ビュインビュイン投げ込む。
まあ球速なんて120キロそこそこだろうけども、低めのストライクゾーンにはしっかりコントロール出来る。
高校まではピッチャーでしたからね。ストレートにカーブ、スライダー、チェンジアップくらいは投げられますよ。
「やあ、新井さん。なかなかいい球投げますね。まあ、俺ほどじゃないですけど」
何故だか柴ちゃんが俺と同じくらいニコニコしながら側に寄ってきた。
「ほほう、言ってくれるじゃないのさ」
「まあ、見てて下さいよ」
そしてまたしても同じく、キャッチャーの鎌田君を北野君の横に座らせる。
まさかと思いバックスクリーンを見上げると、チーム鶴石の1番ピッチャーが柴ちゃんになっていた。
阿久津さんと鶴石さんは同じ考えだったんだ。互いに選んだルーキー外野手。トライアウト上がりの2人を先発マウンドに上げるという思惑。
「あらよっと!」
柴ちゃんが無造作な投球フォームで、座らせた鎌田に向かって投げる。
バチィ!!
俺より数段いいボール。ビチャッとした低い捕球音がベンチ前に響き渡った。120キロ後半。いや、もしかしたら130キロが出ているかもしれない。
それでも、そんなボールを見せられた俺は挫けることなく、さらに奮起した。
「なにを! 負けるか!!」
さらに腕を振って全力投球。
バシィ!
「おおっ、さっきよりいいボール投げるじゃないっすか」
柴ちゃんはそんなことを言って余裕の表情。
今度はサイドスロー気味に変化球を投げ込む。
ベンチにいる他の選手達。特にピッチャーの面々がちょっと興味深そうに俺と柴ちゃんのピッチング練習を眺めていた。
「北野君、次カーブいくよー!」
「おいっすー!」
ビシュッ!
ククッ!
ズバン!
「オッケイ! ナイスコントロール」
ど真ん中から外角低めにブレーキがかかりながら曲がるカーブ。中学、高校時代の俺の決め球。本気で投げたのはもう久しくなるが、ボールの縫い目に指を合わせるところから、腕の振り方。リリースの時に指先の力の入れ具合。
全てにおいて体が覚えていた。
いい感触だ。
ほとんど曲がらないスライダーも、見ようによってはただのスローボールにしか見えないチェンジアップも絶好調。
今日は5イニング制の試合だが、2安打完封くらいは軽いな。
「ねー! こっち向いてー!!」
と、突然聞き覚えのある女性の声。ふとそちらのネット際を見ると、ギャル美様がスマホ片手にしがみついていた。
ビクトリーズスタジアム。1塁側スタンドのいつもの光景だ。
「あなた、そこにしがみつくのが好きねえ」
「ちょっと写真撮らせて! よかったら柴崎君も!」
ギャル美はそう言って八重歯をキラキラさせながら、横に向けたスマホを覗き込む。
「めんどくさいなあ。大事なピッチング練習中なのに………」
ため息を吐く俺の肩を柴ちゃんはポンポンと叩く。
「今日はファン感謝祭なんですから。ファンサービスが第一ですよ。ほら、ピース!ピース!」
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