みのりんさん。俺の写真を何に使うの?

柴ちゃんはグイグイッと俺の体を抱き寄せて、ズイズイッとフェンス際に近づく。


「きゃー、すごい! 大サービス! 柴崎君、ありがとう!」


ギャル美は、スマホをパシャパシャっと連打。


それに応えるように、柴ちゃんと俺は肩を組んでピースサインを披露する。


「新井さん。もしかして、この子がみのりんですか?」


「あー、違う、違う。みのりんはね……ちょっと向こうに座ってる眼鏡の子だよ」


そんな風に、柴ちゃんに言っていると、そのみのりんもこちらに気付いたようで、ちょっと照れながら恥ずかしそうに軽く手を振った。


「へー。あれがみのりんかぁ。新井さんは、ああいう子が好きなんすねえ」


地味な子で悪かったですわねえ。



と言いつつも、隣のポニテちゃんとの胸元ギャップ差で風流にみのりんを楽しんでいると、その後ろの席に座る女性に目がいった。


まるで芸能人のプライベートみたいな雰囲気。


これでもかとデカイ茶色のサングラスに、唾の大きな帽子。いかにも高級そうなコートをお召しになっていて、こちらをじっと凝視している。


その女性と隣の柴ちゃん。2人を見比べる。



その2人が並んだ姿といつしかの横浜遠征で見た光景が頭の中でピッタリと重なる。


「柴ちゃん。あれってもしかして、柴ちゃんのかのじょ…………」



「わー、わー!わー!!」



柴ちゃんが慌てふためき出した。




「なんだ、柴ちゃん。そんなに慌てて。やっぱりあの女の子は柴ちゃんの彼女だったんまな。仕事で来れないとか言ってたけど、ちゃっかり呼んじゃってるじゃないの」



「そ、そうなんすよー! ちょ、ちょっと恥ずかしくてー………あはははー」



と、柴ちゃんは笑った。


しかし明らかに様子がおかしい。俺の肩に回した手はプルプルと震えており、不自然に目線も逸らすし、恥ずかしくて顔が赤いというよりかは、まずい!バレた!みたいな焦ったような表情だ。


「ありがとー!いい写真撮れたわ!ピッチャー頑張りなさいよ!!」



「ういー!」



俺と柴ちゃんの2ショット撮影に満足したのかギャル美は席に戻っていき、今度はポニテちゃんが襲来。


「新井さーん! 頑張ってくださーい!」


と、こちらは胸元を揺らしながらスマホを覗いている。


「あ、新井さん!新井さんが好きそうな女の子がきましたよ!」


「うん。知り合いの子。で? 何で彼女が来ているのを内緒にしてんだよ」



「そ、それは………」



俺の問い詰めに後がなくなった柴ちゃんであったが……。


「おーい、2人とも! そろそろ試合が始まるぞー」


「はーい! じゃ、俺マウンド行かないといけないんで!」



「………ああ」



柴ちゃんに逃げられてしまった。



「新井さーん!みのりさん用にこっち向いてもう1枚!」


「ほーい」








「新井。負けた方が今度の選手会の飲み会代を払う賭けを鶴石としてるから、1発かましてくれ。………この前の台湾戦の時みたいに」


「おまかせ下さい、阿久津監督。バックスクリーンに軽々と放り込んでやりますよ。監督賞を用意してお待ち下さいませ」


柴ちゃんのピッチング練習が終わって、打席に向かう俺に阿久津さんはハッパをかけた。


「1回表、チーム阿久津の攻撃は、1番ピッチャー、新井」


アナウンスが入り、いよいよ試合が始まろうとすると、スタンドを埋める観客から歓声と大きな拍手。


いつもの試合は、本当に勝てるのだろうか、また大敗してしまうのではないだろうかという最下位チームの悲しい性に今日は囚われる必要もない。


好きな方のチーム、好きな選手、本来とは違うポジションに就いている選手達がおどおどとプレーする様を存分に楽しんで欲しい。


他の選手達がどう思っているかは分からないが、いつもよりかなり割安とはいえ、今日もチケット代を払ってわざわざスタジアムまで足を運んで頂いているわけですから、それ相応以上の満足感を得て欲しいものだ。


そうなれば、打席に入った俺のする行動は1つである。



ピンクバットの先をバックスクリーン方向へ高く掲げた。








「おーっと! これは!新井選手の予告ホームランだ!! 普段は1、2番コンビを組むマウンド上の柴崎選手に対しての宣戦布告です!」


進行役のお兄さんがすかさず反応。


それを見た選手からは笑いが起き、スタンドからはいいぞ、もっとやれと歓声がまた大きくなる。


そんな中でバットを構えて柴ちゃんと対峙するとなんだか少し恥ずかしくなった。


キャッチャーの子も、思ったよりも受けてしまったホームラン予告後の俺を見て苦笑いを浮かべながら簡単にサインを出す。


滑り止めを手にしながら、にやついていた柴ちゃんの顔がキリッとしたものになる。



高く足を上げる、わりとオーソドックスなオーバースローでビュイッと投げ込んできた。


コースは真ん中高め。打ち頃のハーフスピードのストレート。


阿久津さんにお前が1番ピッチャーだと言われた瞬間から、初球を思い切りぶちかましてやろうと決めていた。


もちろん予告通りホームランを狙うつもりで、今ではすっかり馴染んだピンクバットを思い切り振り抜く。



体を鋭く、くるんと回して、最短距離でバットを出しながら、ちょいとボールの中心のやや下を擦り上げようなイメージで、全身全霊のパワーをボールにぶつける。



カキィ!!



打球は左中間に上がった。





台湾戦の時と同じだ。


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