みのりんは知らない。お胸比べで敗れていたことを。
「そのチームに1つでも貢献していく中で、最終的には打率4割を狙えるところまで持っていければいいかなとは思います。当然来年からは色々と研究されたりするかもしれませんけど。
自分も初対戦のピッチャー相手にある程度やれましたから、来年も勝負していきたいですね」
「ありがとうございます! 2017年度アベレージヒッター部門の1位に輝いたのは、北関東ビクトリーズの新井時人選手でした!」
最後にトロフィーを顔の横に持ってきて、ニッコリ笑って、はいオッケー。
「いやー、新井さん。お疲れ様でした。さすがですね………。それじゃ、えっと。次は阿久津さんのところか。………キリがいいし少し休憩にしよう! 水嵩君ちょっと待ってて」
撮影が終わるやいなや、カメラマンを兼任していたディレクターはタバコが吸いたかったようで、一目散に喫煙所の方へと向かっていった。
水嵩アナと2人きりになった。
「…………」
「…………」
何も話す言葉が見つからない。ちょっとまだ話題がないなあ。
「…………」
「…………」
水嵩アナも、俺の方をチラチラと伺う感じで様子を見ているようだ。
そっちがそう来るならばと、俺は彼女の胸元を中心に凝視することにした。
………。
DよりのCというところだね。
「前よりもずいぶんインタビューが上手くなったね。こう聞きたいことをしっかり聞き出せるというか。たどたどしい感じもなかったし」
ただ胸を凝視するだけではちょっとだけ失礼なので、とりあえず何か話さなければと思い、出てきたのはそんな言葉だった。
「あ、ありがとうございます!新井さんの雰囲気が他の選手の方に比べて柔らかいと言いますか、そういう印象でして!」
ずっと胸を見ていた奴が突然まともに話しかけてきたので、少し動揺した様子で水嵩アナは俺に礼を言った。
「初めて会ったのって、俺が1軍で出るようになってからだよね?」
「そうです! 交流戦が終わった後に、私のイチオシ選手ということで、新井さんを選びまして………。あの頃の新井さんは目をキラキラさせてプレーしていたのが印象的で……。やっぱり他のルーキー選手とは違うなと思って………」
「なんだか、今はキラキラしてプレーしてないみたいだね」
俺がそう返すと、水嵩アナは黒くサラサラした髪の毛を慌てたようにブンブン振り回した。
「そ、そういう意味じゃなくて………。えっと今は………落ち着きが! 凄く落ち着いてプレーしているなって、そんな感じです!!」
「冗談だって! そんなに慌てなくても……」
「でもまあ、そういう水嵩さんも最近はだいぶ落ち着きが出て来ていい感じだね。……たまにあなたが出ている夜中のニュースジャパンのスポーツコーナーを見るけど、結構野球に関しては詳しくなってきたね」
最初にインタビューされた頃は、安打をするためにどんな練習をしているのでしょうかとか、今1番気になっているピッチャーの投手はいますでしょうかとか、変な訊ね方をされていた。
ああ……。
こいつ、対して野球のこと知らないのに担当にさせられたんだなと、少し同情してしまったりもした。本当はサッカーとを担当したかったのに………みたいな。
若さと顔とアナウンサーにしてはちょっといいスタイルでおじさん視聴率稼ぎ枠だと思っていたのだけれど、最近は色んな選手への取材をこなしているイメージだ。
バッティングやピッチングの感覚的なところ。選手本人に聞かないとなかなか分からないような、わりと深い話を聞き出したり、そんじょそこらの普通なお姉さんの目には映らないような細かいプレーに着眼してみたりと、野球アナとしてなかなかの成長っぷりを見せている。
まあ、5年も経つ頃には、平柳君辺りのスター選手と結婚して退職してしまうのだろうけどね。
結局は、イケメンのスター選手が持って行くんですよ。
「私が野球に興味を持ったのは、もちろん仕事だからっていうのもありますけど、なんと言いましても、新井さんのおかげなんですよ?」
「ほやぁ?」
「私はどちらかといえば、野球よりもサッカーの方が好きだったんです。入社した時も出来ることならサッカー担当にして下さいとお願いしていたくらいで。
残念ながら、そちらの人員は足りているということで、去年引退された先輩がいて、空きが出来たプロ野球班に配属になったんですけど。
……でも、それから少しずつ野球を見るようになって変わってきました。野球ってたくさんホームランを打てば勝つスポーツだと思っていたんですけど、そうじゃないんですよね。
試合に勝つ為にはもっと意識しないといけないところがたくさんあって。特に細かいプレーをしっかりやって行かなければ試合には勝てない。
ゲームの中で勝敗の分岐点があるように感じたりしあつ、見れば見るほど野球の奥深さを知ったんです。
そんな時に、新井さんが活躍し出してて、私と同じ新人なのに、すごいピッチャーからどんどんヒットを打ってて、いつも明るくプレーしている。
私もそんな明るく周りを引っ張っていくようなアナウンサーになっていきたい。
そう思うようになっていったんです!」
「ZZZzz………」
「新井さん!? 聞いてます!?」
「……ほにゃあ!?」
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