確かにプリンは食べておかないといけない。

「水嵩君、次の選手のところ行くよー!資料確認しておいてねー!」



「はい! それでは新井さん、失礼しますね!来年もよろしくお願いします!機会がありましたら、またお食事に行きましょう!」



「あいよ!頑張ってね!」



ディレクターに呼ばれ、水嵩アナは俺に手を振りながら、ほのかに甘い残り香を置き土産に去っていった。



俺は鼻腔を限界まで広げて、その甘い香りをひたすらに嗅ぎ散らしていた。アナウンサーや!キー局のアナウンサーの残り香や!と、1人で興奮していた。



すると、今度はスーツを着てシュッとした男女の2人組が現れる。



「おはようございます、新井さん。三葉出版の者なんですが、今から取材をお願いしてもよろしいでしょうか?」



「いいですよー。それじゃあ、あっちの会議室使いましょうか。何か飲みます? 自販機のでよければご馳走しますよ!」



「よろしくお願いします」




水嵩アナ達はジャパンTVといういわゆるキー局のニュース番組のクルーだったが、今度は野球雑誌のインタビュー。



その後にはまた別のテレビ。野球の中のマニアックな1つのテーマに絞って解析していく専門番組の撮影があったり。





週間東日本リーグの大本さんがオイッスー! 取材よろしくッスー!と現れたり、わりと忙しかった。





今日は秋キャン最終日ということで、1軍2軍が入り交じった紅白戦をのんびり観戦して、ロッカールームの片付けでしようと思っていたが、そんな時間もなくなってしまった。



気が付いたらもう午後3時。



最後のインタビューが終わったら、もう秋キャンも締めが入ったみたいで、グラウンドからにこやかな選手達がぞろぞろと現れ、その中から柴ちゃんがウィー! と言いながら近寄ってきた。



「新井さん、おつかれっす! 今来たんすかー?」



「いやー、昼からいたんだけどねー。いろいろ忙しくてさー」



「そうだったんすかぁ。一言掛けてくれればいいのに。……あ、アジアベースボールカップ、みんなで見てましたよ! ナイスホームランっす!」



「まあな。ちょっと本気出したらあんな感じよ」




「新しいバットにコルクとか入ってないっすよね?」




「失礼な! ジツリキ、ジツリキ! ジツリキのホームランよ」




「ほんとっすかー!? 新井さんがホームラン打つなんて、明日は雪だなって桃白さんが言ってましたよ」



「俺も自分でびっくりしたよ。1塁ベースを踏み損なってコケるくらいだったんだから」



「あはは! 俺も見てて椅子からひっくり返りましたわ! この後、桃さんと3人でどっかメシでもいきます?」



「そーね。行くかー」




というわけで柴ちゃんが気になっていたという和食屋さんへ。




「うめー! 新井さん、この海老天めっちゃ美味いっすよ!ほら、プリップリですよ、プリップリ!」



「しばー、こっちまでつゆ飛ばすな!もう、お行儀が悪いわねえ」



チームとしての結果はリーグ最下位に終わり、そのおかげで秋キャンはだいぶきついものになったらしい。


天ぷらに舌鼓を打ちながら、柴ちゃんと桃ちゃんから、後半になるにつれて強度が上がっていったキャンプメニューの話を聞いていたのだが……。


飯を食ってる間、2人の表情が緩んで緩んで仕方なかった。



去年の11月にビクトリーズからドラフト指名を受けて、1月半ばからみんなで自主トレをして2月にキャンプイン。


3月にオープン戦をこなして、4月にシーズンが始まり、柴ちゃんは足の速さと広い守備範囲を武器にちゃっかり開幕スタメン。



桃ちゃんも2軍で打ちまくり、4月の終わりくらいには1軍に上がっていて、俺も首脳陣にゴマすりしながら、6月くらいになんとか1軍に定着出来た。



そこから4ヶ月5ヶ月。プロの世界に揉まれながら、なんとか自分の力を発揮して、ピッチャー陣がふがいない故、日本一打球が飛んで来ると言われてしまったビクトリーズの外野を最後まで俺達で守り通したのだ。



そこには他の同期とはまた違う、ちょっとした絆みたいなものも生まれるのだ。





「すみませーん! この特上海鮮丼3つお願いしまーす!」


テーブルに置かれたベルを連打して、メニューを広げた柴ちゃんが注文する。





「かしこまりました! そちらの空いたお皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」



「ウィー!」



にこやかな表情で現れた女性店員に促されて、持っていたメニュー表を振り回した柴ちゃんが、目の前にあった醤油皿。



そんなに目一杯注ぐ必要のないくらい醤油がたっぷり入った小皿をテーブルの上にひっくり返した。



黒い醤油がビシャッとテーブルの上で悲惨する。



「バカ! なにやってんだ!」



桃ちゃんが慌てながら、醤油がこぼれたところへ、近くにあったボックスティッシュを数枚取って、とっさにポイっと投げる。



「すんません!……あっ!」



女の子店員さんの前だからか、さらに慌てた柴ちゃんが立ち上がった勢いの膝で、テーブルを叩き、水の入ったコップを蹴り倒す。


その中身がそこそこ高級そうな座布団の上にびっしゃり。



「す、すぐにタオルをお持ちします!」



そう言って走り出しかけた店員さんを柴ちゃんが呼び止める。



「すみません! あの、それと!」



「はい!」




「………この宇治抹茶プリンというやつも3つ下さい!」




「今はそんな場合じゃねえだろ!」



俺はそう言って柴ちゃんのおケツを思い切りつねったのだが、なんだか彼は少しだけ嬉しそうだった。




「あ!黒蜜きな粉もち……とかいうものありますよ!」












ドゴシッ!!




さらに、桃ちゃんの蹴りが柴ちゃんのおケツに炸裂した。


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