みのりんねぶられる。

「ありがとうございましたー!またよろしくお願いしまーす!」



すずめベーカリーを出た俺とみのりんは、住まいのあるマンションに向かってまたテコテコと歩き出す。



パン屋さん特有のカサカサした袋にはずっしりとした重さを感じるパンのいい匂い。



俺は袋の包みを少し破り、中に手を突っ込んで食パンの角をちぎりそれを口に運んで食べてしまった。







美味い。




朝日に照らされながら、まだ少し湯気が立つくらいまだ温かい焼きたての食パン。



ふんわりとした口当たりでもっちりとしていて、ほんのり甘くてたまらない。



しかし当然、みのりんに見つかる。



「新井くん、お行儀悪い」



そう言う彼女の小さなお鼻が、パンの匂いを感じてヒクついている。



俺はまた袋に手を突っ込んで食パンをちぎり、みのりんの口元に近づける。



「ちょっと、新井くん」



「まあまあ、恥ずかしがらずに。あったかくて美味しいよ」



「でも………」



「ほら!いーから、いーから。あーん」


周りをキョロキョロしながらドギマギする眼鏡女子。



ずいぶんと恥ずかしがりながらも、ホレホレとパンを近づけながら急かすと、諦めたように小さなお口を開いて、俺の手から直接パンにぱくついた。



俺の指先に、みのりんの柔らかな唇が少しだけ触れた。






「どう?美味しい?」


そう訊ねると、まだ少しだけ照れた様子で彼女は頷く。眼鏡の奥のくりんとした瞳が優しく弧を描いている。


「うん………。なんだかいつもより美味しい。ふわふわ、もちもち」




「そうだろう、そうだろう。こうして出来たてのを買った直後の帰り道にちぎって食べるのが実は1番美味いのよ」



ももちろんお行儀は悪いが。



家に帰って、トーストしてバター塗ったり、ジャム塗ったり、サンドイッチにしてマヨネーズであえたたまごサラダを挟んでも、もちろん美味しいけれども。







「うん。それもあるけど………。今度は私の番」



手袋を外したみのりんは、俺と同じように手を突っ込み、ちぎったパンを俺の口に近づける。



白く細いみのりんの美味しそうな指。



「はい、新井くん。……あーん」



「あーん!」



勢いよくみのりんの指にしゃぶりつく。ここぞとばかりにねぶるように。己の舌使いをアピールするようにしゃぶり尽くすのだ。




「美味しい?」



「めちゃくちゃ美味しいです!」




「ところで、どこかに水道ないかな?」




「すみませんでした」




俺はそう言って頭を下げながらポケット手を突っ込む。




「こちらにウエットティッシュがございますので、何とぞご容赦を……」




「君を許そう」







その後帰宅した俺は、みのりんの部屋の玄関を掃き掃除したり、朝ごはんの準備を手伝ったり、ゴミ出しに行ったりと、真面目にお手伝い。



そして、買ってきた美味しい食パンを厚くスライスして作ってくれたフレンチトースト。


果汁100%のアップルジュースをちびちびと飲みながら、口の中に広がる幸せを十分に堪能した。



そんな朝食を食べたなら、お茶でも飲みながらゆっくりお話したいところだったのだが、今日はビクトリーズの秋キャンの最終日。


なにやら俺に取材とかもあるらしいから、昼までにはビクトリーズスタジアムに来るようにと宮森ちゃんに釘を差されていたことを思い出す。




「気をつけていってらっしゃい」



「おうよ」



みのりんに見送られる方々で午前10時過ぎに家を出たのだが。



迷子になっていた女の子の親御さんを探したり、木に引っ掛かった風船を取ってあげたり、大荷物を持った知らんおばあちゃんをおんぶしたり。



コンビニでフライドポテトとソフトクリームを買っていこうと、早めに家を出たのに、そんな余裕もなくなってしまった。



スタジアムに着いたのは昼の12時を少し回ってしまった辺り。



宮森ちゃんに、遅いです! と、プンスカされながら、慌ててユニフォームに着替えた。









「もー、なにやってるんですか!お昼にはスタジアムに来ておいて下さいってお願いしていたじゃないですか!」



ベンチ裏の廊下。



広報の宮森ちゃんは、代表から帰ってきた俺を労う言葉もなく、頭からシュポシュポと煙を出しながら、ピョンコピョンコ跳び跳ねて怒っていた。



しかし残念ながら、その小さなお胸が揺れることはない。



「まあまあ、宮森ちゃん。そんなカッカしないで。ただ遅れただけではなくて、道中の困り人を救いながら馳せ参じたわけだからさ」



「訳ワカメなこと言ってないで、さっさとして下さい!」



そんな彼女に、俺はコンビニで買ってきたお菓子を渡した。



「はい。今日新発売のお菓子なんだって。休憩の時にでも食べて。結構高かったんだよ、これ」



「うわーい! やったあ!ありがとうございます!」



これ以上の幸せがないくらいの顔をしてピョンコピョンコ跳び跳ねる宮森ちゃん。



今度はちょっとだけ揺れた気がした。



「さあ、早く新井さん。テレビですよ、テレビ!気合い入れて下さいよ!」



宮森ちゃんに背中を押されながら向かって先には、テレビカメラと照明係のスタッフが。



そしてさらに、綺麗なお顔立ちの女子アナが何やらトロフィーなんかを持って俺に手を振った。



「新井さーん。お久しぶりでーす!」

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