みのりんとパイとパン。

洋菓子工場から真っ直ぐ来て、運動公園の側の道が交差点にぶつかるところ。



その交差点の向かい側に、すずめベーカリーがある。



夏に新しくオープンしたばかりのお店だ。



明るく若い夫婦が営んでいる白くて綺麗な建物のパン屋さん。



ちょうど朝7時からの開店なので、交差点に来たところでは、パンの焼けるいい匂いが辺りを包み込んでいた。



学校に向かう自転車に乗った学生。仕事に向かうサラリーマンやOL風の女性達。




旦那の朝飯を忘れていたのが急いだ様子で現れた化粧途中の近所に住むマダム。




すぐ側のバス停から足早に訪れる人もいる。



数分見ていただけで、なかなかの人数のお客さんが次々と足早に、すずめベーカリーに入っていく。



その度にお店の中から若い女の子の接客する元気な声が聞こえる。



どうやらなかなかに繁盛しているようだ。



開店祝いのデカイお花を送った俺としてみれば、ちょっと鼻が高い。評判が悪かったりして、すぐ潰れちゃったりしたら悲しいからね。



この辺りにパン屋さんは他にないし、なんとか8年、10年くらいは頑張って欲しい。



俺とみのりんも互いに顔を見合せながら、今日の朝食はすずめベーカリーの美味しいパンに決定し、青信号になったのを確認して、いい匂いのするお店の方にその足を向けた。





「たのもー!」



カランコロンと大きなベルが付いた木製調のシックなドアを開け放つと、店内にいた他のお客さん達が少しぎょっとして、後ろにいたみのりんが肩をこわばせるようにして恥ずかしそうにしていた。



一体どうしたと言うのだろうか。



「いらっしゃいませー!」



レジに立つ大学生くらいの若い女の子はもう慣れっこみたいな様子で、快晴の青空によく似合う爽やかな笑顔を俺たちに向ける。



みのりんに背中をつねられながらも、やあ、と手を挙げながら微笑み返す俺。



その女の子がいるレジの後ろ。



天井付近に掛けられた暖簾のように垂れた仕切りの布がペロンめくられ、奥からすずめベーカリーのご主人が現れた。



「新井さん。おはようございます。今日もお早いですね!ちょうど新井さんがお好きなアップルパイ焼きたてですよ!」




イエーイ!アップルパイきたー!!



コックさんが被るような真っ白の帽子を取りながら、パン屋のご主人は頭を下げる。



「おはようございます!ずいぶんと繁盛しているみたいでよかったですよ」



俺がそう言うと、ご主人は少し恐縮した。



「はい。周りの方々に支えられながらなんとかやっております」



「特にここの食パンは一味違いますからね。いつも2人で美味しく頂いてますよ」



寒さのせいもあるのかまだ顔を赤くしたみのりんが俺の隣で大きく頷いた。





ここのすずめベーカリーの1番人気は食パンであり、1日3度ある焼きたてタイムには、それを求めるお客さんで大いに賑わうらしい。


もっちりとしていてほんのり甘く、何もつけずにそのまま食べても十分に美味しいし、トーストするとさらに小麦の風味が生きる魔法のような食パン。



その食パンの美味しい秘訣はなんでしょうとご主人に訊ねてみたら……。



「何年も研究してたどり着いた小麦粉の配合と独自の発酵方法で、仕上げているんですよー」



としか教えてくれなかった。



企業秘密というやつか。



俺の流し打ち理論と同じだ。



などとカッコつけたりしてみる。




「それでは、その美味しい食パンを1本下さい」



みのりんが右手の人差し指を1本立てて、ご主人にそう伝えた。



食パンの1本とは、金型から出したまんまのサイズの食パン。このお店では3斤分あるキングサイズ。


俺の靴のサイズよりも長い食パンの単位だ。



ここではそれが1400円する。




1斤で500円のなかなか高級な部類。もちろんその価値がある。



「1本ですね。かしこまりました。焼きたてをお持ちしますので少々お待ち下さい」



ご主人はニコニコしながら後ろの工房に戻り、透明のビニール袋に入った食パンを1本、みのりんに手渡した。







「合計は1940円でございます」



食パン1本に、スタジアムに行ってからのおやつにしようと、カレーパンや俺オキニのソーセージパンもお買い上げ。



財布を出そうとすると、その手をみのりんに止められる。



「ここは私が出す。新井くんには毎月食費もらっているんだから」



みのりんはそう言ってバッグからつやつやした黄色のお財布を出し、そこから1000円札を2枚出した。



そして、バイトの女の子からお釣りを受け取る。




「あ、店長さんにどこかご飯連れて行ってもらった?」



すずめベーカリーがオープンした時、開店祝いにといくらか包んだ事を俺は思い出した。



お店が落ち着いたら、ご主人にご飯連れて行ってもらいなーと、何諭吉かを渡したのだ。



「はい! 国道沿いの中華料理屋さんに連れて行って頂きました!店長さんと奥さんと、あと昼間のパートさん達と一緒に行きました!」



女の子はハキハキと答える。



国道沿いの中華料理屋か。俺は1度も行ったことはないが、ちょっと高そうなところだ。



「美味しかった?」



「はい!本場の中華料理シェフのフルコースで! とっても贅沢で美味しかったです!!フカヒレなんて初めて食べさせて頂きました!」



女の子はこれ以上ない眩しい笑顔を見せた。



もし、まだどこにも連れていってもらってないと言われたら、工房からご主人を連れ出して大外刈を決めてやるところでした。





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