餃子焼けなかったら、宇都宮ではお嫁に行けないからね、マジで。

「どれどれ。どのくらい酷い状態になっているかしら。ちょっと楽しみね」



リビングのテーブルに買い物袋を置くなり、ノンタイムで寝室のドアを開くギャル美。



続いてトイレや風呂。冷蔵庫の中がまできっちり確認されていく。



しかし、掃除はそれなりにしているし、たまに布団は干しているし、枕は丸洗いできるやつ。



プロ野球選手なんて、1年の半分は遠征で部屋を空けているから、そんなに酷い状態にはならない。



冷蔵庫にも、あまり食べ物はとって置けないし、炭酸を買って飲んで遠征から帰ってきたらシュワシュワが弱くなるし。



そもそも飯はほぼほぼみのりんの部屋で食べるし、最近は自分の風呂やトイレもあまり使っていない。



スカッとするシャンプーをみのりんズバスルームに持ち込んでいってるくらい。



ズボラな俺でも、そんな生活なら部屋が汚くなることはあまりない。



テレビの裏に少し埃が見えるくらいだ。




「なによ、もー!あんたのことだから、しっちゃかめっちゃかになってると思って期待してたのに!」



「しっちゃかめっちゃかって」




それが本当に関心なのか、ある意味ちょっと安心だったのか、ため息を1つ吐いたギャル美は買い物袋をごそごそとまさぐり、30個入りの生餃子を取り出した。



「はい、お待たせー」



キッチンを貸すこと30分ほど。



リビングのテーブルにエプロン姿のギャル美が白い大皿を置く。



ジュワッと焼けていい焦げ目がついている餃子としょうゆラーメン。



それらが用意されて、俺は500ミリの缶ビールを開ける。



「マイちゃんはどうする? 飲む?」



俺がそう訊ねると、彼女は少し悩んだフリをしながらにこりと笑った。



「まあ、もらおうかしら。せっかくだしね」



車で来た彼女がそう答えたということは………そういうことが確定したということか。



俺がこの時のためにというわけではないがネットで注文しておいた1つ2000円の専用グラスにビールを注いで、コースターに乗せながら彼女の方に寄せる。



そしてお互い手にしたグラスをコツンと重なり合わせる。



「優勝おめでとう、カンパーイ!」



「ありがとう、カンパーイ!!」



うちのシェパードちゃんが水道橋ドームの看板にぶち当てた時の副賞のビール。美味しいやつだ。



キンキンに冷えたそのビールをグラス半分飲んだギャル美が思わず疲れがそこから抜けるような息を漏した。



「はぁー…………美味しいわねー。こんなしっかりときめ細やかな泡が立ってるし」




「そういう風になるビール用のグラスだからね。キンキンに冷やしておいたし」





黄金色のビールが俺の喉に流れ込んでいく。





美味い。今シーズンの苦労やら充実感やら。悔しさやら誇りやら色々。特に日本代表という特別な舞台も経験したから、なんだか格別。



色々混ざり合ったような苦い味わいだ。



午後に目一杯しゃぶしゃぶしたとはいえ、すっかりお腹の空いた俺は早速餃子に箸を伸ばす。




酢にラー油を垂らしただけの俺好みのタレにちょちょいとつけて1口でパクり。






これまた美味い。





薄皮のパリパリした皮の中から、肉と野菜の甘味が溢れだし、程よく効いたニンニクの香ばしさが押し寄せ、酸っぱいタレに混ざり合う。





もう1つ。





さらにもう1つ。






口の中が餃子感でいっぱいになったところにまたビール。








最高だ。






「どう? 美味しい?」



少し不安げに。



ギャル美がそう聞いてきた。




それに対して俺はぐっと親指を立てる。




「美味いよ! マイちゃんも料理出来るんだね」



「ま、まあ? 餃子焼いただけだけど………」



「何をおっしゃる。餃子は焼きが命なんだから。こういう風に全体にいい具合にパリパリに焼けるなんて、さすがは宇都宮の女ですな」




「何またバカなこと言ってんの」




と、言いながらもギャル美はまた1つ餃子をパクり。



その表情はまんざらもなく嬉しそう。ここ2、3ヶ月で1番嬉しそうな顔をしている。




「ラーメンも美味いやんけ!」



「スーパーで売ってた生ラーメンだけどね」



「このラーメンあれだよね。みのりんがよく買ってくる……」



「そうそう!中学くらいの頃からかしら。あの子の家に遊びに行ったら、必ずこれを食べさせられるのよ。100円で売ってる汁だくのメンマを大量に入れてさ……」




「そうなんだ。今でもたまにそれやってるみたいだよ。今は別で買ってきたチャーシューも入れてるけど」



「ほんとあの子は、ラーメンが好きねえ。それよりさ、ホームランってどんな感じだったの?」



「え? ああ、ホームラン?」




そう言われて俺は台湾戦に打ったホームランの感触を思い出そうとしたが………たいして何も思い浮かばなかった。




「正直あんまり手応えはなかったんだよね。いつもとは違う感覚って言うか。タイミングは合ってる感じで打ち返したのは分かるんだけど」




「あら。そういうものなの? もっと、はい、これホームラン!みたいなのは? よく、打った瞬間とか言うじゃない。バット投げする人もいるでしょ。……ビクトリーズで言うと、シェパードちゃんとか、阿久津とか」




「年間10本15本くらい打てればそういう感覚になるかもしれないけど、俺にとって、ホームラン自体が人生で初めてだったからね。訳が分からないうちに入っちゃったって感じだったから」




「へー。よくそんなんでプロ野球選手になれたわね」




「うるちゃいわね!」

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