もしや、大チャンスなのでは?
「ええ、すごい、凄い! いつCMなんて撮ったんすか!?めっちゃなんか自然だし!」
と、今まさにマイプロで俺と対戦している平柳君が子供のようにピョンコピョンコ飛び跳ねる。
「CMはねえ、シーズン最後の移動日に宇都宮で撮ったよ。撮影チームがわざわざ来てくれて」
「えー!? 俺も出たかったー。なんで呼んでくれないんすか!?」
「無茶言うなよ………。てか、平柳君が今守りなんだから早く投げろよ」
「…………もう3球目も投げましたよ」
「え?」
スマホを見るといつの間にか2ストライク。しかも、3球目のボールがど真ん中にきていた。
もうタップしても間に合わない。スイングすることさえ許されないというタイミングになってしまっていた。
ただ打ち頃のボールを見送るだけ。
「ストライク! バッターアウト!!」
うわ! 平柳君ずる!!
前村君がそっと耳打ちする。
「ヒラは子供みたいにふざけている時ほど、ズルいこと考えてるんで試合の時も気をつけた方がいいですよ。………それで昔から何回も隠し球やってるんで」
「うわー。卑怯なスター選手だなー。こんな選手が東日本リーグと日本シリーズのMVPかよ」
俺がそう言うと………。
「ヒッヒッヒッヒッヒッ!」
平柳君が悪い顔をして笑っていた。
アジアなんちゃらカップが終わった翌日。
優勝出来ましたし、今回集まったメンバーで打ち上げでもやりましょうと言い出したのは、広島カルプスのレギュラーキャッチャーである浦野君。
大会MVP賞を獲得して、賞金200万円をもらった彼の奢りで、都合がついた20人程の選手とスタッフのみんなを呼んでお疲れ様会を開いた。
しかも、都内のちょっと豪華なお店。
タクシーを降りてお店の敷地内に入ると、奥ゆかしい着物を着た妙齢の女性が3人で出迎えてくれて、屋敷のような敷地の中央に、わびさびのある庭園があるようなそんなお店。
そこで色んなしゃぶしゃぶを堪能し俺は大満足。
夜はみのりんにしゃぶしゃぶしてもらおうと、夜8時の新幹線に乗って、急いで宇都宮に到着した俺に、例の宮森ちゃんから着信アリ。
「あ、新井さん。お疲れ様です。駅に着きましたか?………分かっているとは思いますけど明日は……」
明日はビクトリーズの秋キャン最終日。
ビクトリーズスタジアムで1軍2軍合同の紅白戦を最後に行うということで、新井さんは代表でお疲れですし、腰の具合もあるから試合には出ませんけど、テレビの取材があるので10時までには来ていて下さいというそんな内容だった。
「ただいまー!」
自分の部屋に帰ってそう言ってみたはいいものの、愛しのみのりんは、夜勤に出かけてしまった様子で、俺は途方もない寂しさに襲われた。
もうそのままさっさと眠ってしまって、明日朝イチで洋菓子工場まで迎えに行こうかと考えていると、俺の敏感なスマホがピコリンと鳴く。
ソーシャルなメッセージが届いた。
相手はギャル美だった。
マイマイ
そろそろ家着くでしょ? なんかご飯でも作ってあげに行ってあげようか? ……簡単なものしか出来ないけど。
そんなメッセージが届いた。
どう返事を返そうかと結構悩んだ。
時刻は午後11時を回ろうとするところで、部屋に上げたら恐らくは泊まる感じになる流れは見えている。
俺が彼女の部屋に結局お泊まりになったパターンは過去にあったし、別にくんずほぐれつするわけでもないから変に構える必要はないにせよ、向こうが泊まるパターンだと、最後までいっちゃわなきゃいけないパターンになるかもしれないし。
俺にはみのりんというみのりんがいて、みのりんのみのりんな部分をまだみのりんしていないのに、ギャル美をみのりんするなんてことが許されるのか。
などと、来てもらうか今日はもう寝るからとお断りするか、俺は悶えるようにしばらく悩んだ。
その結果………。
「おっつー! あら、わりと元気そうね」
「お疲れー。上がって、上がって」
結局呼んでしまった。
下心があるわけではなく、みのりんがいないから、帰ってきた俺がお腹をすかせたままだろうと気を使ってくれたギャル美を断ることが出来なかったからだ。
そうだ、そうに違いない!!
聞き耳を立てていると、外からブイーンとギャル美の車のエンジン音がして、それが止まったかと思うと、すぐに俺の部屋のピンポンが鳴らされた。
ドアを開けると、茶色のコートを着たギャル美が大きな買い物袋を下げて、さぶいさぶいと言いながら凄い勢いで玄関に突入してきた。
ドアが閉まらないように支えていた俺にわざわざぶつかってくるような勢いで。
ふわっとした匂いが俺の鼻孔をくすぐる。
「間取りはみのりの部屋と一緒なのね。住み始めてまだ1年は経ってないのよね?」
「ああ、球団が用意してくれた部屋だからね。寮がいっぱいだからって」
「あんたは年齢的にも、寮に入るような年じゃないし、こっちでよかったでしょ? みのりと出会えたわけだし」
「まあな」
ギャル美はそう言いながら玄関を上がり、物珍しそうに辺りを見渡す。
彼女の脱いだブーツが垂れるようにして俺のスニーカーに寄りかかるのが見えてなんだか緊張してしまった。
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