これが今年の珍プレー大賞になるとは。
俺がネクストのわっかに現れてピンクバットをブンブンと振り回すと、近くのスタンドがざわめき出し、韓国ベンチも少し慌ただしくなった。
新井が出たぞー! 腰のケガを押してこの場面で出てくるぞー!と、銅鑼をバンバン鳴らされているくらいに。
正直、そこまで意識しなくてもいいのにと、俺自身は考えていたのだが、思っていたよりも相手チームは警戒してくれていた。ホームランバッターでもないのに。
そして、何やら韓国のキャッチャーが3塁ベンチの方とやりとりすると、マスクを被り直して腰を下ろした。
韓国としては、まだ1点リードで2アウト2塁。そしてバッターボックスには日本打線の中で最も当たっているバッターと向かい合っている状況。
キャッチャーが立ち上がって分かりやすいやつではなく、初球、2球目に厳しいところに投げてボールが2つになったら、座ったまま外に外す敬遠のやり方。
確かにそれをやりそうな雰囲気が韓国バッテリーからは感じ取れた。
しかし、ネクストに俺が出てきた今、しっかりとサイン交換をして、キャッチャーは浦野君の膝元いっぱいにミットを構える。
そして、その通りにボールがくる。
「ストライーク!!」
勝負だ。
韓国ベンチは浦野君との勝負を選んだ。
「初球インコースいっぱいのところ決まりました。1ストライクです。大原さん、勝負しますね、韓国ベンチ」
「ええ。浦野君を歩かせるとそれがサヨナラのランナーになりますからね。もちろん、今シーズンの新井君の成績は韓国代表も知っているでしょうし、台湾戦も分析しているでしょう。浦野君に打たれてもまだ同点ですから。その辺りの計算もあったのでしょう。もちろん、浦野君との勝負が簡単でない中で、初球の入りは完璧ですねえ」
初球はインコースのストレート。
2球目はアウトコースのストレートが外れて1ボール1ストライク。
平行カウントになり、勝負を分かつ3球目になった。
ストレートを続けた3球目は真ん中低めから沈む球。
浦野君はそれを豪快なアッパースイングで掬い上げる。
打球は快音を残して左中間へ舞い上がった。
韓国のレフトとセンターが打球を追いかける。
フェンス際まで追い掛けたセンターが思い切りジャンプする。
スタンドのお客さんが立ち上がり、歓声にも後押しされた打球が左中間フェンスの上部へ当たる。
そしてその打球がセンターの選手の体に当たって、左中間からセンター方向に勢いよく転がった。
それをレフトの選手が慌てて追いかける。
その時打った浦野君はもう既に2塁を回ろうとしていた。
「打球は…………左中間のフェンスに当たった!打球がセンター方向に大きく跳ね返る。………同点の2塁ランナーがホームイン! バッターランナーの浦野は2塁を回る!
打球を追うレフトのイ・ナムチョルが今ボールに追いつきました!3塁コーチャーの手が回る! 浦野が3塁を蹴った!!」
俺はピンクバットをネクストに置いて、ホームベースの後ろ。3塁線の延長に立ち、処理される打球の行方、バッターランナーの浦野君の位置を確認する。
浦野君が3塁を回った瞬間くらいに、レフトから中継に入ったセカンドの選手にボールが渡り、バックホームされる。
右足に着けたフットガードのヒモをビッタンビッタンさせながら浦野君が歯を食いしばって懸命にこちらに向かって走ってくる。
ボールを待つキャッチャーが構える。
ランナーの浦野君に右に回れとか、左に滑り込めとか、そんな指示は必要なかった。
必死になって走る浦野君の勢いは留まることを知らず、そのまま楽勝のタイミングでホームインしたのだ。
そして、苦し紛れに大遠投されたバックホームのボールが逸れ、ワンバウンドで、バンザイして喜ぼうとした俺の股間に直撃したのだから。
大当たり!
オナ禁中ですのに。
よっしゃああ! サヨナラだあっ!!優勝だあーっ!!
と、爆発する喜びと歓声に包まれる。水道橋ドームの中でただ1人。
俺は股間の痛みに悶絶して、しばらくの間その場から動けずに倒れ込んでいた。
とは言いつつも、サヨナラ勝ちになり、アジアなんちゃらなんちゃらカップ優勝!
という気持ちがギリギリ上回った俺はえぐられるような股間の痛みに耐えながら、必死になって立ち上がる。
そして、歯を食い縛りながら、ホームベースと1塁ベースの間で歓喜の輪を作るチームメイト達のところに飛び込んでいった。
サヨナラランニングホームランという形でヒーローになった浦野君をみんなでバシバシ叩く。
すると、どことなく平柳君が現れてもはや自分の物のように俺のおケツを揉む!
「やりましたね、新井さん!優勝っすよ!」
「やったな! 今日は酒が飲めるぞ!!」
という感じでイエーイしていると、ベンチの方からゆっくりと稲木監督が現れる。
「みんなお疲れさん! 最高だ! ありがとう!」
そう言いながら選手1人1人と握手をし始めた。
それを見ていた俺はこう叫ぶ。
「胴上げだ! 稲木監督を胴上げしよう!!皆の者、かかれー!!」
「「うおおおおっー!!!」」
水道橋ドームで稲木監督の体が2度3度4度。
お客さん達も一緒になってわっしょいわっしょいと音頭をとりながら胴上げを行った。
ああ………。リーグ優勝とかしたら、こんな感じなのかなと、俺はふとそんな風に考えしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます