コーチ、腕力すごスギィ!

モニターには、若き日本代表の4番バッターが入っている。もうほんとにでっかい体。腕ムキムキ。太ももムチムチ。芯に当たりゃあどこまでも。



そんなスイングでホームラン王になったパワーヒッターだ。どうせならガツンと決めてもらいたいわよねえ。



1ボール1ストライクからの3球目。



真ん中低めに少し抜けたスライダーがきた。



棚橋君はそのボールに強振。



しかし、ボールは擦りあげた形になり、1塁側のファウルグラウンドに上がる。



韓国のファーストが上を見上げながら打球を追いかけていき、カメラマン席のフェンスに両手をついて見送った。


打球はそのすぐ後ろのスタンドに入るファウルボール。



打球が上がった瞬間は悲鳴のような歓声が上がったスタジアムがほっと一息吐く。



もう少しで捕られそうなくらいの危ない打球だった。





しかし、今のはだいぶ甘いコースだった。49本塁打で西日本リーグホームラン王の彼なら、センター方向に豪快な打球をかましているようなところ。






試合を最高の形で終わらせることのできるようなボールだった。




そして直後の4球目。




韓国バッテリーは強気のインコース勝負。



しかもストレート。



棚橋君がそれを打ち返す。




カキィ!




今度はきっちり捉えたいい当たりだ。






しかしその棚橋君が捉えた打球は、ショート真っ正面のゴロ。



ワンバウンドした打球を捕り損なうくらいの痛烈な当たりだったが、韓国のショートはすぐにボールを拾い直して2塁へ。



セカンドがそのボールをもらってくるっと向きを変えて素早く1塁に送球した。



決して足の速くない巨漢の棚橋も一生懸命に1塁を駆け抜けたが、それより一瞬早くファーストがボールを捕球した。




「アウト!!」




ダブルプレー。



最悪のショートゴロゲッツーだ。




痛烈な当たりで立ち上がった観客と打った棚橋君が呆然とする。


大きなため息と張り詰めた糸が切れたような虚無感がスタジアムを蔓延った。




「5番、ファースト、柿山」




そんな空気の中、右バッターボックスには名古屋ドラゴンスの柿山君が入る。



打撃コーチの命令で俺も素振りを止めていつでもいけるようにベンチで待機。




2アウト3塁ながら2点差は変わらず。




一気にまた、絶対絶命。後がない状況に追い込まれた。








しかし、そんな危機的状況で打席に入った柿山くんが迷わず初球を叩く。



外角低めの難しい変化球を無理やり。



なんでそんなボールを初球から。



と一瞬思ったが、打球はフックが掛かるようにして、飛び付くサードの左を破って3塁線を抜けていった。






「打った!3塁線!!…………破ったー!!長打コース! 3塁ランナー藤並はゆっくりとホームイン!!………打った柿山も2塁へ、スタンディングツーベース!!………土壇場日本、1点を返して2ー3! さあ、これで分からなくなりました!!」



棚橋君のゲッツーで、本人を慰める余裕もなく、口を半開きにしていたチームメイト達が一斉に飛び上がる。



「よっしゃあ!!」




「ナイスカッキー!!」




「いける、いける!!」




皆ベンチから立ち上がり、打った柿山君に向かって拳を突き出す。



柿山君も2塁ベース上で、打った自分に、そして次打者の浦野君を鼓舞するように力強く手を叩いていた。




「6番、キャッチャー、浦野」








「さあ、バッターボックスには今日6番に入っている浦野です。今大会は打撃好調、既に7安打を放って打率が5割を越えている浦野です。広島カルプスの正捕手」



「いい場面で回ってきましたね。……しかし、1塁が空いていますからもしかしたら敬遠もあるかもしれませんね」



「そうですね。韓国ベンチ、ここはどうするでしょうか」











という状況になり、8番のところで代打と言われているので平柳君の横に座って準備をしていると、突然打撃コーチに首根っこを掴まれて、ネクストに放り出された。






「ちょっと早いけどネクスト出とけ」



そう言われたが6番の浦野君が打席に入っている時のネクストだから……



「あれ? まだ7番の青竹君のところじゃ……」



と、疑問を浮かべる俺に打撃コーチは……。



「いいから! やる気満々な感じでバット振ってろ!こっちをチラチラと見たりするなよ!」




そう言われて1つ早くネクストのわっかに送り出された意味がようやく分かった。



青竹君は韓国ベンチから見えない位置に隠れるようにしてちゃんとバットを持って、ヘルメットを被って準備している。



フェイク。陽動。



俺という名のプレッシャー。




「おっと! スタンドから歓声が上がりました!」



「……新井君が出てきましたね」



「おお、なんと! 腰の違和感を訴えてスタメンから外れていた新井が7番青竹のところ。ネクストバッターズサークルに現れました。初戦の台湾戦以来の出場となりますが、日本代表にとってはこの土壇場、とっておきの選手がいました。



そしてこれを見て韓国のベンチが動きます。ピッチングコーチがベンチの前に出て、バッテリーに指示を送っていますね」





「浦野と勝負しろということでしょうね。もしかしたら、敬遠かなというところですが、次に新井君が来るならちょっと話が変わりますからね」


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