実況！４割打者の新井さん２

いざ、サヨナラへ！

「ライト下林からの返球だ！！ 下林は強肩！！ いいボールだ！ ダイレクトでホームにボールが返ってきた！ランナーが滑り込む！！ キャッチャー浦野が返球を掴んでタッチする！！」

もちろんプレッシャーのかかる場面だし、フライが浅いわけでもないし、体勢がよくなかったから捕球してから送球するまでの時間も比較的長かった。

それでも、この回３点目を狙ったランナーが滑り込んだ場所に、コリジョンルールの為、ホームベースの前に立って走路を空けながら浦野君がタッチするには十分なタイミング。

それを生み出したのは言うまでもなく、ライト下林君の強肩だった。

アウトになったランナーが信じられないといった表情に地面に両手を着く格好で下林君の方を見る。

「キャッチャー浦野がタッチする！！クロスプレー！！…………アウトだー！！ 素晴らしいプレーが飛び出しました！ ライト下林のレーザービーム！！ ３塁ランナーを封殺しまして、２アウトランナー１、３塁です！ 」

「いやあ、凄い肩ですねえ。このアウトは大きいですよ！！」

球審がアウトジェスチャーをした瞬間、今日一の大歓声が水道橋ドームにこだました。

２点取られたことなど、さほど大したことのないように感じるくらいに重たい空気が一瞬にして変わったのだ。

タイブレークとはいえ、日本にとってはアンラッキーなヒットが続いて３連打で２点を失い、尚もノーアウト満塁。

そして今の犠牲フライになりそうだったプレー。

３点目。続く４点目が入っていたら敗色濃厚な雰囲気になるところを下林君の返球が絶対絶命の状況を救った。

ピッチャーの添田君。キャッチャーの浦野君が手とグラブを頭の上でバシバシ叩いて喜び、下林君はレーザービームを放ったその右手をぐっと握って、周りの選手達を鼓舞する。

しかし、油断は出来ない。

２アウト１、３塁。今の捕殺を価値あるものにするためには、確実にここでチェンジにしなければいけない場面。

そういう場面になると、下林君のプレーに勇気づけられたか、添田君のボールがさらに力強さを増した。

ストレートの球速が２、３キロ増し、右膝をマウンドの土で汚し、帽子を振り落としそうな勢いで浦野君のミット目掛けて投げ込む。

そんなピッチングに韓国の４番バッターは差し込まれ、バットをへし折られた。

打球はファーストへの力ないファウルフライ。

ファーストの柿山君がガッチリとそのボールをキャッチして、ベンチに戻りながらスタンドに投げ入れる。

その瞬間、俺はいの一番にイエーイしながらベンチを飛び出す。

１ー３。

２点差。

タイブレークの守りとしてはまずまず。サヨナラ勝ちへの希望は十分にある。

「ソエちゃん、ソエちゃん！ よく凌いだね！ ナイスピッチング！！」

「あざす！」

まだここにきても、俺のおケツを狙っている他のチームメイト達を押し退けて、ベンチの前に飛び出した俺は添田君の差し出したグラブに右手でハイタッチ。

お次は見事な本塁返球をかました下林君にも。

そしてベンチの方へくるりと振り返り、激しく手を叩きながら、よっしゃあ２点差ならワンチャンよと声を張り上げると………。

「新井ぃ。お前はベンチ裏で素振りだろうが」

打撃コーチおじさんがものすごく怖い顔をしていらっしゃった。

一応確認は取る。

「ボクちゃんはお呼びではない感じでしょうかね」

「お呼びじゃねえんだよ。俺が呼ぶまでベンチ裏から出てくんな」

そう言われ、おケツを蹴飛ばされた。

ほら、賑やかし担当みたいなのも大切じゃないすかー。

「さあ、１ー３。２点差を追う日本代表のタイブレーク、１０回裏の攻撃は４番の棚橋から始まります」

「ええ。ということは、２番の藤並君がセカンドランナー、３番下林君がファーストランナーと、足の速い２人ですね」

「そうですね。この辺り、足を絡めた攻撃もあるでしょうか。そして、韓国はピッチャーが代わります。右ピッチャー、背番号１１のパクデウが出てきました」

「マウンドに上がったパクは今シーズンは抑えとして２５Ｓを挙げているピッチャー。１４０キロ中盤のストレートにスライダー、カーブ、フォークボールと、比較的オーソドックスな右のオーバーハンドです。

どうでしょう。４番の棚橋というところですが、送りバントというのは………」

「確かに棚橋もなかなかこの大会は当たりが出ていませんけどね。３塁はフォースプレーですけど、ランナーの足は速いとはいえ、まあここは打たせるでしょう。４番ですからね。……４９本もホームランを打っているんですから。決めてもらいましょう」

「さあ、投球練習が終わりまして、棚橋がバッターボックスに入ります。２点差。タイブレークでノーアウト１、２塁。当然１発が出れば逆転サヨナラという場面になります。

第１球を投げました！ 外角外れて１ボール。初球は１４３キロのストレート。１ボールです」

打撃コーチにお叱りを受けましたので、平柳君や登板を終えた前村君辺りにケラケラ笑われながら俺はベンチ裏へと戻った。

そして８番バッターまで回ればそこが俺の出番ということなので、おニューのピンクバットを手にして、俺は力を込めて鏡相手に素振りをする。

腰の具合も、あまり問題ない。１打席くらいならなんとでもなるだろう。