このピンチ、君しかいない。
「日本代表は蕪木ピッチングコーチがマウンドに向かいまして、ピッチャーの岡屋に時間を与えます。勝ち越しの1点が入り、再びノーアウト満塁という場面になってしまいました。日本としては不運な打球になりました。判断がちょっと難しかったでしょうか」
「ファーストとピッチャーの連携のところですよね。普段は一緒のチームではない選手との微妙な連携が難しいところでしたね。お互いの守備力も把握しきれていないと思いますから。
多少、練習や確認はしていると思うんですが、ちょっと不運と言えば不運でしたかね」
1点取られてノーアウト満塁。
ピッチングコーチがベンチに戻ってきて。試合が再開される。
韓国を応援する集団の盛り上がりが3塁ベンチ後方から響いているが、多くの日本サポーターは静まり返っていた。
しかし、そんな中でも…………。
「頑張れー!!」
「岡屋ー!!」
と、野太い感じのおじさん達ボイスが響き渡る。
そして、それに連鎖するようにして、ピンチを迎えた日本ナインに、観客達の声援が勇気づける。
そんな風にスタジアムが一体になったような場面ではあったが、勝ち越して押せ押せムードの韓国打線の勢いは止まらない。
1ボール1ストライクからの3球を韓国の2番バッターが捉える。
カキッ!
低めの変化球に上手く合わせたバッティング。長打狙いなどではなく、あくまで来たボールに対してコンパクトにという、確実性を上げたバッティングだった。
打球はライナーでピッチャー返し。
投げ終わりで懸命グラブを伸ばした岡屋君のすぐ横を抜けるようにして、球足の速い打球がセンターへ。
センターの藤並君が素早く打球にチャージして本塁へワンバウンド送球。
若干足が遅めだった2塁ランナーは3塁を大きく回ったところでストップさせたが、韓国にこの回2点目が入り、1ー3とリードが広がってしまった。しかもまだノーアウト。
がっかりと、もうだめだぁという諦め混じりのため息がグラウンドを包み込む。
そしてまたうちのピッチングコーチおじさんがマウンドに向かい、続いて稲木監督もグラウンドに足を踏み出して、さすがにこれ以上はまずいと、球審に交代を告げる。
すると、トレーニングルームから見える通路の向こう側。ブルペンがある方向から。
1塁ベンチ裏からライトポール方向に伸びている廊下から、背番号18の男が歩いてきた。
「日本代表、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、岡屋に代わりまして………添田。ピッチャーは添田。背番号18」
第1戦に先発した添田君が延長10回のノーアウト満塁の場面で現れた。
「ピッチャーは添田。背番号18」
「「おおー!!」」
「代わるピッチャーが添田とコールされて、スタンドが一瞬どよめきました。この大会第1戦の台湾戦に先発した添田が中継ぎという形でマウンドに上がります。……第1戦は4イニングを投げて被安打5、2四死球、2失点というピッチングでした」
「試合が終わった後は、かなり後悔していましたからね。………このマウンドにその悔しさをぶつけてもらいましょう」
「今シーズンの添田、登板した試合は全て先発でありました。中継ぎ登板となりますと、ルーキーイヤー以来となりますが……。
さあしかし、ノーアウト満塁というピンチ。1ー3と2点を勝ち越されている日本はもう点はやりたくありません。内野陣もバックホーム体制。前進守備です」
「3点………4点取られるとなると非常に厳しいからですからね。勝負に出たということでしょうね。なんとかまず1アウト。三振が欲しいところですねえ。こういう場面ではね」
「韓国は………打席には3番打者。今シーズンは30本のホームランを放った強力なバッターです………。サインの交換終わって、セットポジションから第1球! ストレート、空振り!! 146キロ!まずは添田、インコースのストレートで空振りを奪いました!」
ノーアウト満塁のマウンド上で愛知ドラゴンスの添田君が全力投球を見せている。1戦目での悔しさをこの場面で思い切りぶつけている。
普段チームでは先発ピッチャーとして投げている彼が、延長10回タイブレークの2点を取られた難しい状況でのピッチング。
ベンチ裏で素振りをしていろと言われていた俺は、モニター映像では満足出来ず、飲み物を取りに来たフリをしてベンチの端っこに隠れるようにして戦況を見つめていた。
2ボール2ストライクと追い込んだ5球目。アウトローいっぱいの素晴らしいストレート。
しかし韓国のバッターがそれに食らいつくようにして掬い上げる。
打球はライト線近くに上がったフライになった。
「外打ちました! ライトに上がった!! ライト線きわどいところですが、フェアグラウンドに落ちそうな打球だ! ライトの下林が落下点に入ります!……打球を掴んで3塁ランナーがタッチアップ!」
ライトの下林君が俊足を飛ばしてライト線ギリギリに落ちそうなフライをキャッチ。
それを見た3塁ランナーがタッチアップのスタート。
捕球した体勢を立て直しながら、1歩2歩3歩で下林君がホームへ送球。
低く真っ直ぐに矢のような返球。
いわゆるひとつのレーザービームというやつが炸裂した。
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