やはり、ホームランの力ってすごい。

「やりました、下林! チームを救う、日本を救う見事なホームランです!ライトスタンド!! 日本代表応援団が詰めかけたライトスタンドに打ち込んでいきました!」



ダイヤモンドを1周する下林君が途中何度も何度も拳を握る。



この大会、打線の中心として3番打者に指名されながら3試合で唯一のノーヒット。


悔しさもあったろうし、歯がゆさもあったろうし、起用してくれた稲木監督への申し訳ない気持ちもあっただろう。


なんとかしなけば、なんとかチームに貢献しなければという姿勢はずっと感じていた。



しかしそんなものは今の一振りで全て吹き飛んだ。



嘘だろと、マウンド上でがっくりと膝をつく相手ピッチャーの向こう側で3塁ベースコーチおじさんとタッチを交わした下林君がホームイン。



1塁ベースコーチおじさん。次打者である棚橋君とハイタッチをして笑顔と安心したような表情が入り交じった様子でベンチに戻ってきた。



その先頭。



ホームランを打った下林君の何倍も安心した顔をしている稲木監督。



その2人の手が顔の横でバチンとぶつかり合う。



下林君は少し会釈するように遠慮しながら。その彼の背中をハイタッチした後に、労うようにポンポンと叩いて稲木監督は拍手をしていた。




「いやー、打ったのは高めの変化球。スライダーでしょうか、大原さん。上手く叩きましたね」




「そうですね。……甘く入ったといえば高めに甘く入ったスライダーなんでしょうけど。下林君は本当に上手く打ちましたよ。スライダーを待っていたわけではないでしょうけど、引っ張り込んだらファウルになってしまうところですけど。


上げた右足が着いた瞬間に上手くタメが作れて、体の開きを最後まで我慢して、バットの先で払うようにして上手くボールの下を叩きましたね。反応ですよね。


余計な考えは捨てて、バッターとしての本能で打ち返したような1打になりました。


ずっとヒットは出ていませんでしたが、土壇場でこういうスイングが出来る当たりはさすが福岡でやっているだけのことはありますね。本当に日本を救うホームランになると思います」






カアンッ!!




「これもいい当たりだ! 三遊間を破っていきました、4番棚橋の打球! 火の出るような痛烈な当たり! 下林のホームランでまだ冷めやらぬといった雰囲気の中、2アウトランナー1塁! 4番棚橋のレフト前ヒット!」








カンッ!






「これは詰まった当たりですが、セカンドの頭の上を…………越えたー!! 打球はライト前へ! 棚橋は2塁を蹴って3塁へ向かう!!」





「5番柿山も続きました!詰まった打球ではありますが、セカンド後方へのしぶといヒット! 巨体を揺らして1塁から棚橋も3塁へ一生懸命に滑り込み、2アウトから1、3塁のチャンスです」



ベンチ裏。



四方にネットが張り巡らされた学校の教室よりかは少し狭いくらいのトレーニングエリアのモニターに、痺れた手を痛そうにしながら苦笑いする柿山君と、3塁まで全力で走って膝に手を着きながら肩で息をする棚橋君が写し出されている。



野球とは面白いものだ。



7回2アウトまで全く手も足も出ずに、成す術なく完全試合ペースだったのに、1本出ただけで、すぐにその後2連打。



3、4、5番のクリンナップで3連打した形になった。



下林君のホームランで追い付かれ、さらに1打負け越しの場面になったところで韓国ベンチからピッチングコーチが現れてマウンドに向かう。



マウンド上のソン投手は、7回まで日本相手完璧なピッチングを披露していたが、100球を越えてきた辺りでさすがに疲れが見え始めていた。



そんなタイミングで同点にされ、少し集中力を欠いてしまった形。



棚橋君、柿山君に打たれたボールはどちらもコントロールミスした逆球。



韓国代表監督もグラウンドに姿を現してピッチャー交代となった。






「韓国代表、ピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー、ソンに代わりまして………ポンジュンミン。背番号20」



6番。打撃好調の左バッター、浦野君を迎えるところで、先発と同じサウスポーではあるが、本格派から一転サイドスローから投げ込む技巧派ピッチャーが現れた。




21歳と若い選手で、今シーズンに50試合ほど投げて防御率が3点代後半というデータがある。



まあ、サイドスローなんだから、対角線にぐにゃりと曲がるスライダー系のボールはあるだろうが。


またちょっとタイプの違うピッチャーだから、かなりバッティングのやりづらさはあるかもしれないけど、この大会での好調ぶりを発揮して、このイニングで勝負を決めてもらいたいところだ。





「ウラノ! ウラノ! ウラノ!!」




この大会、幾度となくそのバットで快音を響かせている浦野君に、応援団からもより熱の入った声援が飛ぶ。




「ピッチャー、ポンジュンミン。セットポジションから第3球を投げました」




深く踏み込み、腰の回転を生かして低めに投げ込まれた変化球。



それに上手くタイミングを合わせて流し打つ浦野君。




カツーン!












バシィ!!






しかしその打球は3塁線に向かって伸ばしたサードのグラブに収まってしまった。

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