みのりんには、ちんちんを見られてもいいけれど。
少し重い足取りで内野陣達が集まったが、ピッチングコーチはわりとにこやかな表情で選手達の真ん中に立った。
打ち取った当たりではあったけど、やりたくなかった先制点を与えてしまい、守るという観点からも少しプランとは違う展開。
さすがに日本相手になると韓国というチームはさらに手強い。
マウンド上、皆の顔を見比べながら二言、三言。最後のキャッチャーである浦野君の背中をポポンと叩いてコーチは振り返ってゆっくりとベンチへ戻ってくる。
韓国チームはノッたら止まらないみたいなところは今大会でもあったみたいだから、先制点を取って盛り上がったムードを少しでも押さえたいという目論みがあったのかもしれない。
ベンチに戻ってきたピッチングコーチは、特別他のコーチと会話することなく、紙コップに注いだスポーツドリンクをチビチビと飲みながら試合が再開されたグラウンドを眺めている。
カンッ!
韓国の5番バッターが打ち損じた打球が高く上がる。
落下点には少し定位置から下がったセカンドの平君が手を挙げており、落ちてきたボールをしっかり掴んだ。
チェンジになり、グラウンドのナインが戻ってくる。
1点は取られたものの試合はまだまだこれから。
そんな雰囲気で日本も4回の攻撃に入る。
早めにまずは同点に追い付きたい日本だったが、韓国の先発ピッチャーがやたらいい。
縦と横。2種類のスライダーに、カットボールとチェンジアップも決まりだしてさらに狙い球を絞るのが難しくなった。
色んなボールを織り混ぜながら、韓国バッテリーは気持ちよくピッチングを組み立てている。
4回裏、平柳君はライトフライ。藤並君は空振り三振。3番下林君はファーストへのファウルフライ。
5回も4番棚橋君からの打順だったが3者凡退に抑えられいまだノーヒット。
6回裏には、打撃コーチを囲んで円陣が組まれ、縦のスライダーは追い込まれるまで。まずは真っ直ぐに会わせていけと改めて指示が出された。
しかし7番からの攻撃も三振2つに内野ゴロであっさり3アウトチェンジ。
あれ………負ける。ノーヒットノーラン食らう……。
そんな戦慄が頭をよぎるような重苦しい雰囲気に水道橋ドームは次第に凍りついていくように感じた。
そんなものを目の当たりにしながらも、俺はベンチの中で少し笑うような顔をしながら守備に向かう選手達の背中を叩いた。
何故ならそんな状況下にいても、野球が出来ている喜び。代表チームの一員としてこの場にいることが出来る喜びを感じてしまっていたからだ。
1年前にパチンコ屋でアルバイトをしていた時期なんて、正直何をしていても楽しくなかった。生きてはいたが、本当にただ生活するために仕事をしていただけ。
目標や夢なんかあるはずもなく、ただ淡々と今日も仕事か。明日行けば休みかと、考えていただけ。
毎日時間になれば、スマホのアラームで目を覚まして、シャワーだけ浴びて腹をすかせたまま欠伸をしながらバイトに出かける。
今日も仕事かあとため息をつきながらパチ屋の制服に着替え、ジャラジャラと重たい台カギを腰から下げ、インカムを耳に当てる。
新井くんはなんでもやってくれるなあと、面倒くさい仕事や地味な業務をこなし、ホールに出れば負けた客に怒鳴られる。
ゴミを投げつけられ、親の敵のように睨まれ、唾を吐かれた床や自動ドアを雑巾で掃除するような日々。
毎日ジャブジャブとお金を使う太客にニコニコとおべっかスマイルをして、ギャーギャーと騒ぎ立ててトラブルを起こすDQN連中の仲裁に入り、理不尽な憎まれ口を叩かれながら退店する背中に頭を下げ続けていたりもした。
世の中もっと辛いことや、やりきれないことはあるだろうが、そんな日々はその時の自分にとって1つも楽しくないし、何も充実していなかった。
ちょっとその時の姿というのは、みのりんには見せたくありませんわね。
それはパチンコというものやそういう仕事が悪いのではなく、自分で日常を決断していない現状がいけなかったのだ。
パチンコ店での仕事にやりがいや充実感を得ている人はたくさんいるし、限度をしっかり自己管理出来ればこんなに夢中になれる遊びは他にないとも思える。
つまり俺はパチンコ屋で働き、休みの日には例外なく自分で打ちにいくそんな生活に嫌気が差していたわけでなく、自分で決断していないそんな生き方にうんざりしていたのだ。
聞いた話によると、人は1日に9000回も何かを決断しているという。
しかしその時の俺は3つくらいしか決断していなかった。
次の休みはどの店に打ちにいこうか。
さっき買ってきたプリンを今食べるか風呂上がりに食べるか。
今日オナニーするかどうか。
そんなくらいの決断だけ。
今日は何を食べるかとか、部屋を片付けるのはいつにするとかそういう類いのものでなく。
例えば今の自分でも取得出来そうな資格の勉強を始めてみるとか、何だったら見よう見まねでも、何かしらの外国語を学んでみるとか。
ちっぽけでもいいから、自分の為になる1歩というものを踏み込んでいくような毎日を送らなくてはいけない。
野球を辞めてからそれに気付くのに、8年もかかってしまった。
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