のど飴は常備している。

「新井さーん、一緒にメシくいましょー」



ホテルに帰って、とりあえずシャワーだけ浴びて一息つくと、同じく日本代表のジャージ姿になった平柳君が嬉しそうに抱きついてきた。



それを払いのけると、部屋の外からノックする音が聞こえた。



再度スライムのように粘りつく平柳君を引きずりながらドアを開けると、大阪ジャガースコンビがいた。



ガッチリとしながらも、スラッと背の高いピッチャーの前村君と俺よりも若干ちびっこいながらも、今日守りでは再三いいプレーのあったセカンドの平君。



2人とも、俺と平柳君の様子を見て、微笑ましくニンマリとする。



「仲良さそうっすね」



と、前村君。



「ほんと、ほんと。俺達お邪魔かもしれないですね」



と、平君もケタケタ笑いながら面白がる。




俺はそんな2人の反応に嫌気を差しながら、平柳君を引き剥がすのを手伝わせた。



「新井さーん! メシィー!」



「だからメシ行くから離れろよ。ただでさえ腰痛いんだから」



俺がそう言うと、はっとした様子で平柳君は飛び上がるようにようやく離れた。



「そうだ! 新井さん腰は大丈夫なんすか!? なんならマッサージしてあげましょうか!?普段からチームのトレーナーにやってもらってるんで、満足させますよ?」




「手をわきわきさせるな」







ホテルでのバイキングディナー。



大会期間中の数少ない楽しみの1つ。ある意味試合よりも重要。



甘酸っぱいソースをかけたローストビーフにハンバーグステーキ。カレーライスにシーザーサラダ。皮ごと食べられるブドウにクルトンをたっぷり入れたコーンスープに抹茶アイス。



小うるさいみのりんの顔が浮かびますから、ブロッコリーやトマトなどの野菜もしっかりと選び、植物性たんぱく質も大切ですから、大豆製品も食事に組み込んでいく。



それらを平柳君と前村君と平君と一緒に食べて、よっしゃミーティング終わったら、みんなでスマホゲームや!


と、張り切っていたが俺に待っていたのはまたしてもマッサージタイムだった。



ゆっくり風呂に浸かってからだと、マッサージおじさんに連れられて大浴場に向かい、30分40分ぬるめのお湯にゆっくりと体を沈めて、そこから1時間超のマッサージタイム。



腰だけでなく、首や肩。背中や太もも、ふくらはぎまで、ゴツいおじさんの手慣れた指先が俺の素肌を這う。



俺に自由時間なんてなかった。



平柳君に冷やかされながら、みのりんやギャル美に電話出来たのは、日付が変わった時間になってから。



そこまでしても、次の中国戦のスタメンに俺の名前はなかった。






昼過ぎ、水道橋ドームに着いてから稲木監督に、結構腰は悪くないっすね!これは今日もホームラン打っちゃいますよ!


と、にこやかに話した俺だったが。



この日は、全体練習の頭から俺は1人さみしく別メニュー。




みんながランニングを始まるところから、俺は首ねっこを掴まれながら1人外されて、にんまり笑うマッサージおじさんとまた一緒。


水道橋ドームのフェンス沿いを何周も何周もゆっくりと歩かされ、デカイビーチボールのようなポヨンポヨンしたボールを転がしたり、傾斜を利用して膝の屈伸運動で寝転がった背中のローラーをコロコロしたり。



バッティング練習が始まる頃には、背中周りの体幹トレーニングや下半身の筋トレを強要され、結局ノックもフリーバッティングも出来ず仕舞い。



試合前のアイスもあまり進まず、全然練習してないのに、代表のユニフォームを着てベンチに入るのはものすごい違和感だった。



なんだかそんな状態で試合の時間を迎えたものだから、他の選手建ちに対して妙な疎外感を感じつつも、試合に出られないならばと、俺は盛り上げ役に徹することにした。



試合が終わった後、腰よりも喉が痛いと言えるくらいになってやろうと、そう考えてチームメイト達の応援に全力を注いだ。








初回の守りに就く時、グラウンドに出る選手の名が呼ばれる度に俺は、もうベンチの1番前で身を乗り出すようにして……。



よいしょ! とか………。


待ってました!しっかり守ってこいよ! とか………。


おおっ、イケメンだね!大統領!!とか……。



奥さん見てるよ!とか………。



この前週刊誌に撮られてた彼女さんが見てるよ!



とか。




そんなふざけ方をしてコーチにうるさいと怒られるのを皮切りに、ライトを守る下林君のキャッチボールにちゃんと行って、帰ってきたら、またベンチの1番前に陣取って、選手を鼓舞する。



ピッチャーがストライクを取れば、オッケーイ! ナイスボール!もう1球いけ、もう1球ー!



ボールになってしまっても、いいよ、いいよー! いい球いってるよー!と励まして、アウトが1つ取れたら、拍手をしながら立ち上がってドリンクを飲んでから躍り狂う。



たまに飽きてきたら裏のケータリングで腹ごしらえをしてベンチに帰り、またおふざける。



チェンジになって選手が帰ってくれば、1塁の審判おじさんに注意されるくらいグラウンドに飛び出して選手を出迎えたりもした。



もちろんちゃんとカメラが抜きやすい場所をきっちりと計算しながら。



いいプレーでアウトにした野手の元へ1番にハイタッチにいったり、三振で終わったピッチャーのところでへいこらしたり。




ほんと、試合出てない方が忙しいですよ。

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