新井さんの初めて。3…………のつもりだった。
「空振り三振!! 最後はなんと自己最速となります、150キロストレート!! マウンド上で、リ・ロンパオが吠えました!!
同僚対決!今日既に猛打賞、サイクルヒットもかかっていた期待の新井はここは三振に倒れました!!」
「いやあ、私もあえてサイクルヒットのことは口にしなかったんですが、ここはいいピッチングをされましたねえ」
「ええ、残念でした。あとはシングルヒットだけだったんですが……」
俺のスイングが見事に空を切り、キャッチャーのミットにズバンとボールが収まった瞬間、渾身の1球を投げ込んだロンパオが左手を握りながら、叫ぶようにして喜んだ。
宝くじ売り場にあるスクラッチを軽いノリでやってみたら、まさかの10万円が当たったみたいな。
そんな喜び方。
その一瞬の後、三振を喫してベンチに俺の方を見てニコニコとしている。
よほど嬉しい様子だ。
しかし、三振しても仕方ない。そのくらいいいボール。
11月の半ばにきて、バックスクリーンに表示されたのは、彼の恐らく自己最速である150キロ。
普段から力のある真っ直ぐがさらに威力を増しし、えぐるようにしてキャッチャーのミットに飛び込んできた。
正直そんなボールをここに来て投げてくるとは思わなかった。
ファウルに出来ると踏んだ俺の考えが浅はかだったのだろう。
おニューのピンクバットを逆さまに持ち、俺は1塁ベンチへと下がっていく。
すると、ヘッドコーチが側に寄ってきて………。
「新井、お前どこか痛いのか?」
そう訊ねてきた。
ヘッドコーチがそう言った瞬間、ベンチの雰囲気が一瞬で凍りついたのが分かった。
その時ベンチにいた選手、監督、コーチ、スコアラー、ベンチから顔を覗かせたチームスタッフなど。
色んな人の視線が一瞬だが、三振してベンチに帰ってきた俺に集まる。
興奮するぜ。
どこが痛いとか、そんな仕草や発言をしたわけではないが、いくつのも球団で優勝経験のあるヘッドコーチには三振した今の打席を見ただけで、いろいろとお見通しだったようだ。
さすがは代表チームのヘッドをやるだけのことはある。
誉めて遣わそう。
「腰が痛いのか? 合宿の最初の頃も軽くそんな感じだったもんな。………おーい、トレーナー」
ヘッドコーチはそう呟いて、ベンチ裏に身を乗り出して日本代表のチームジャージをきた男を呼ぶ。
「ちょっと腰を痛めたみたいだから見てやってくれ」
トレーナーの男。40歳くらいの少し体格のいいトレーナーおじさんは俺の顔色を確認しながら頷く。
「分かりました。じゃあ、新井くん、こっちへ」
俺はそのままベンチ裏に連行される。
「おら、何ボサッとしてんだ! 人のことはいいから集中しろ!!」
チームメイト達に対する、ヘッドコーチのそんな怒号が最後に聞こえて、俺は怪しい部屋に連れていかれてユニフォームを脱がされた。
固い狭い高いのマッサージベッドにうつ伏せになり、トレーナーおじさんにこれでもかと揉みしだかれる。
たまにやってもらうポニテちゃんのマッサージとはまた違う。
目を光らせるみのりんに見られながら、トレーナー志望の巨乳JDのまだ慣れない手つきにされている時のようには興奮しない。
興奮はしないが、さすがはプロの腕前だ。この痛さ、力強さが体の奥まで届いている感覚だ。
そんな感じ。
「ここはどうだい?」
「………そこは痛くないっすね」
「ここは?」
ズキッ!
「いててて! そこはめっちゃ痛いっす!」
「……ふーむ。多分慢性的な疲れからくる痛みもあるだろうね。……まだキャリアの浅い選手が1年間やると、だいたいここに痛みがくるんだよ」
トレーナーおじさんはそう言いながら、その痛みのある箇所辺りを丁寧にマッサージする。
「しかし、君はやったね。……正直、まだちょっとスタメンは早いんじゃないかと俺は思っていたけど。まさかホームランも打つなんてねえ」
「いやあ、俺もびっくりしましたよ。フェンス越えるまでは、レフトフライだと思ってたんで」
「やっぱり、流し打ちが上手い選手の打球っていうのは伸びるからね。平柳君も、そういうバッティングをするようになってからホームラン数が増えたし」
「そうっすねー」
なんて会話をマッサージおじさんと交わしながら30分も時間が経つと、試合が終わったようで、ベンチ裏のさらに奥にあるマッサージルームの外が少し慌ただしくなった。
マッサージルームに試合の様子を写すモニターはないが、どうやらあのまま日本が勝利したようで一安心。
そして外の廊下では代表スタッフ達のせかせかした声が飛び交う。
「ヒーローインタビュー、新井さんは行けます?」
「新井くん? ダメダメ!今マッサージルームで治療してる!……平柳君に出てもらって! フランチャイズだし、そっちの方がファンも喜ぶよ」
「分かりましたー。平柳さん呼んでー! ヒーローインタビュー、稲木監督の後ねー」
そんなやりとりがガッツリ聞こえて、俺は焦る。
まだヒーローインタビュー童貞だから。
誰とは言わないがビクトリーズの広報がアホすぎて、打率4割なのに、まだヒーローインタビューやったことないから。
今日の試合、先制タイムリーに、勝ち越しホームラン、同点に追い付かれてからの、再び勝ち越しタイムリーとなれば、俺以外にヒーローはいないでしょ。
固く細いベッドからよっこいしょーいちと起き上がろうとすると、マッサージおじさんに押し倒された。
「君の今の仕事は、ヒーローインタビューをすることじゃなくて、腰を労ることだ。大人しくしていたまえ」
少しドスの効いた声でそう言われた。
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