新井さんの初めて。2
初球のチェンジアップをファウルにしてしまったことで、この対決はだいぶロンパオ有利になってしまった。
2球目は高めにボール球のストレート。3球目に真ん中低めいっぱいのストレートで、1ボール2ストライク。
打席を外し、軽く素振りはもちろん、軽くバットを前に出そうとするだけで、腰の少し右側辺りが痛い。
この代表合宿初日のフリーバッティング中に違和感を覚えた辺りと同じ。試合が始まった時は大丈夫だったんですけどねえ。
普通にこりゃヤバいかもしれん。
しかし、それ以上にロンパオとの対決を終わらせたくないという気持ちが芽生える。
「リ・ロンパオ、4球目を投げました! 高めストレート! ファウルボール! 1塁側スタンドへ飛び込むファウルボール。少し新井が差し込まれた形になったでしょうか」
「いいボールを投げますね。球速は142キロでしたが、ボールに力強さがありますよ」
5球目はボール球。6球目はインコース低めをこまれた俺がファウル。
なんとかバットに当てるだけのファウルボール。
やはり、腰を気にするとインコースを打ち返すのが怖い。
腰を回しきるのが怖くて仕方なかった。
だから狙うはそろそろくるだろう変化球。
それを1、2塁間目掛けて打ち返すしか俺が勝利する術はなかった。
「リ・ロンパオの持ち球は、ドロップカーブに、初球投げたチェンジアップ。そして、フォークボールとカットボールを投げることもありますが、やはり得意球はドロップカーブですね」
「確かに今の日本球界では、左ピッチャーでこれだけ落差の大きいカーブを投げる選手は少ないですからね」
「しかし新井は日頃から李のドロップカーブは見慣れているとは思いますが……」
「それでもね、外野やベンチから見るのと、実際に打席に立って打つのとでは全然違いますからね。台湾バッテリーが変化球で決めにくるならば、そのところでしょうね。新井君が1球でそのドロップカーブに合わせてスイング出来るかどうかです」
6球目を投げる前。台湾代表のバッテリーのサイン交換が少しだけ長かった。
それまでは2秒かからないくらいのものが、この時だけは3秒かかった。
変化球だ。
まだまだ青いぜ、台湾キャッチャーさんよ。
「さあ、セットポジションからリ・ロンパオ。1つ息を吐いて第6球を投げました! ……そのドロップカーブだ!」
一瞬高め気味のボールかと思いきや、そこからグンと縦に落ちるロンパオのカーブ。
ボールを見た瞬間、足を上げた状態でぐっとタメができたのが自分でよく分かった。
落ち幅、コース、タイミング。
全て見極めた。
カスッ………。
あら?
「6球目! 李得意のドロップカーブはこれまたファウルボール。新井、粘ります」
イメージの中では、カツーンといい当たりでライト前に弾む打球を放ったはずだった。そういうボールが来てくれたし、そういうスイングをしたはずだった。
しかし、打球はカス当たりで真下に落ち、キャッチャーの足元付近にズガガンと弾むファウルボール。
台湾キャッチャーの子がマスクを外しながら苦悶の表情。
スパイクの上から痛そうにボールが当たった右足を擦っている。俺はごめんなあと思いながらそのキャッチャーの子の背中を優しく叩いた。
マジかよ。完全に打てると思ったのに。
「さあ、サインの交換を終えて第7球!」
いや、ヒットにしておかなければいけないボールだった。
また少し長いサイン交換だったから、またドロップカーブかもしれないと、そんな都合のいい読みを働かせてしまった。
その瞬間、もう俺は立ち後れていた。
足を上げて、沈みこむようなロンパオの投球フォームがいつになく迫力あるものに見えた。
彼が7球目に投げたのは、インコースのストレート。
今シーズン一緒に戦ってきて、1番のコース、1番の威力、そして1番速いボールだった。
あわてて振りだした俺のバットは空を切った。
プロ野球人生、トップの試合で初めて3つ目のストライクを取られた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます