そうなんです!絶対に負けられない戦いなんです!

「低め変化球打ちました! 平柳の打球がライトへ! ………しかし、それほど伸びがありません。……ライトが定位置から若干下がりながら掴みました、1アウトです」




打った瞬間はおおっ! と、思ったが、擦り過ぎて上がってしまった打球はライトフェンスまではさすがに届かずアウト。



1アウトランナーなしで、俺の打席がやってきた。



すると、そのタイミングで、台湾代表の監督がのっそりとベンチから現れて球審に左腕を振りながら交代を告げる。




「台湾代表選手の交代をお知らせします。……ピッチャー、ミョウ・シンメイに代わりまして……リ・ロンパオ。ピッチャーは、リ・ロンパオ。背番号36」



アナウンスされると同時に、3塁ベンチから真ん丸お顔のもちゃ男が駆け足でグラウンドに現れた。



わりと軽快なステップで歩幅を合わせながら左足で踏みきって3塁線を飛び越えると、そのままチームメイトが集まるマウンドに駆け上がる。



そして、真新しいボールを受け取りながら、右手のグラブで口元を隠しつつ、マスクを外したキャッチャーと言葉を交わしている。



この回からピッチャー代わったばかりなのに、俺のところで、わざわざロンパオを出してくるとは。



なかなか面白いことをしてくれるじゃないの。




燃えてきますわね。






「なんと、2番の新井を迎えるところで台湾ベンチは左のリ・ロンパオをマウンドに送り出しました。新井と同じ北関東ビクトリーズに所属するリ・ロンパオです」



「これはもしかしたら、李選手本人の希望もあったのかもしれませんねえ。チャンスがあれば同僚である新井君と対戦したいという」



「そうですね。こういう試合でなければ、真剣勝負の場での対戦はなかなか出来ませんから。


リ・ロンパオは、6年前の台湾ドラフトで全体の1位指名された選手。日本でいう、甲子園大会のような高校生の全国大会で優勝投手になり、評判は高かったのですが、肩の故障に悩まされたそうです。



思うようなピッチングが出来ずに、故障を繰り返して、在籍5年間で1軍登板はわずか15試合。一昨年のオフには自由契約を言い渡されました。


しかし、1年間治療に専念して、昨年秋に行われた北関東ビクトリーズの入団テストに新井、そして1番打者として定着した柴崎と一緒に見事合格し、年俸1000万円で契約しました。



今シーズンは主にセットアッパーとして、チーム最多となる64試合に登板し、3勝4敗28H2S防御率3,32という成績を残してビクトリーズのプルペン陣を支えました」







「そう言った意味では、新井は高校時代はなかなか芽が出ずに控え投手に甘んじていていました。


さらには、高校卒業後に所属した地元の社会人チームはすぐに廃部になってしまい、それから7年間野球から離れてアルバイト生活をしていた選手ですからね。


その彼もリ・ロンパオ、同じくルーキー外野手としてブレイクした柴崎と一緒に、ビクトリーズの入団テストを受け、見事合格を勝ち取りました。


プロ野球選手という目標を叶えて、今ではビクトリーズの主力。今ではこうして日本代表のユニフォームをきて、今日は3安打1本塁打4打点という大活躍ですから……」



「人生諦めてはいけないということですね。もちろん、夢や目標を達成するというのは容易いことではありませんが、だからこそ人は常に強い気持ちを持って何事にも取り組んでいかなくてはいけないと思いますね」




「さあ、リ・ロンパオの投球練習が終わりまして、新井がバッターボックスに入ります」







ロンパオの球筋を改めて確認し、タイミングをなんとなく自分の中で定めながら右のバッターボックスへ。


するとマウンド上のロンパオが帽子の鍔を左手でつまみ、ニコッと笑う。



それを見た俺も、思わずクスッと笑ってしまったのを隠すように下を向き、足場をならした。







俺が打席に入るところでわざわざ出てきた同じチームのピッチャー。お客さんもそれを分かっていますからね。



どんな対決になるんだろうと、ざわざわした空気を感じながら、もう1度気合いを入れ直す。




改めて足場をならして、球審のプレイ! という駆け声に合わせて、1つ深呼吸をしながらバットを構えると、サインに頷いたロンパオが、彼も1つ深呼吸をしてからゆっくりと投球動作に入る。



まさかロンパオとこういう形で勝負することになるとは思わなかったが、遠慮しない。初球から狙っていく。



そんな気持ちはロンパオも同じだろう。自信満々に俺の苦手な球種、苦手なコースに投げ込んでくるはずだ。



つまり初球は、インコースのストレートだ。




「ピッチャー、ロンパオ。新井にたいして第1球を投げました!」





ビシュッ!!



きた! インコース、ストレート!





もらったあぁっ!!




スッ………。




ああんっ!!





カンッ!!





「新井、初球を打ちました!…………が、3塁側スタンドへグングン切れていきましてファウルボールです」




ちっ。インコースのチェンジアップかよ。




タイミング外された。






「…………へへっ」





球審からのボールを受け取ったロンパオがニンマリしていて憎たらしい。




しかも、今のスイングでまた腰痛めたし。







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