ちょっと!おどかさないで下さいよ!

「9番、センター、藤並」




打席には9番バッター、北海道フライヤーズの藤並。シーズン後半戦はバッティングが絶好調だった彼がバッターボックスに入る。



台湾もピッチャーは代わって2番手。ゆったりとしたサイドスローから左右に広くベース板を使いながら、バッターに食い込むようなスライダーやシュートを投げ込む。



まさにそのボール。


ベルトよりも少しだけ高めのコースにきたそのスライダーを藤並は打ちにいくも、打球はセカンドへ。芯を外されたバッティングになってしまった。



ゲッツーシフトを敷くセカンドの真正面に飛んでしまい、思わず出た打撃コーチのうめき声が俺の耳に届いた。



打球を処理した台湾のセカンドがくるっと素早い動きで送球。2塁ベースに入ったショートの選手が、1塁ランナーの平君の走路を外すように入りながらセカンドからのボールを受ける。



右足で2塁ベースをかすらせ、1塁へ鋭い送球。



それとほぼ同時に、バッターランナーの藤並君の体が倒れ込んだ。



1塁へのヘッドスライディングを試みたのだ。




ショートからのボールを受けたファーストがグラブを突き出すようにして、1塁審判おじさんにアピール。



一瞬の間を置いて、審判おじさんの腕が横に広がった。






「1塁はきわどいタイミング!!………セーフ! 1塁はセーフです。なんとかダブルプレーは免れました。………少し差し込まれたようなバッティングになってしまったでしょうか」



「打ったのはスライダーですね。藤並君本人は1、2塁間かライト線を抜けるような打球を打ちたかったと思うんですが、想定していたよりもスライダーが変化してきたというところでしょうね。完全にずらされていましたから」






1塁にヘッドスライディングをかました藤並君。バッティングに相当不満があったようで、首をかしげながら立ち上がり、 胸についた土を払う。




「1番、ショート、平柳」




また一段と大きな歓声に迎えられながら平柳がバッターボックスに向かう。



3ー3の同点。これから終盤に向かうところで、勝ち越しした状態で試合を優位に進めたい場面だ。



相手ピッチャーは、左バッターの懐に投げ込むボールが生命線。インコース打ちが得意な平柳に、嫌がおうにもチームメイト、ファンの期待が高まる。



しかし、相手バッテリーもバカではなかった。



初球、インコース高めのボールゾーンに真っ直ぐから入ると、次はインコースからすっと沈む、ツーシームかシンカーかそんなボール。



打ち気に流行る平柳君を引っ掛けさせた。



打球は1、2塁間の真ん中への緩いゴロになった。



平柳君が猛然と1塁へダッシュする。







ロンパオのように、少しもちゃっとした台湾の1塁手が1、2塁間の真ん中辺りに転がった打球を追いかけ、逆シングルでキャッチ。



投げ終わったピッチャーが1塁ベースに向かって走り、打球を処理した1塁手へグラブを見せる。


そこにはスナップスローで投げられたボールがくる。それほど俊敏な連携ではない。



1塁ベースの手前でボールをもらったピッチャーが歩幅を合わせながら1塁ベースへ足を伸ばす。



そこへ平柳君が俊足を飛ばして、頭から突っ込んできた。




ピッチャーが少し躊躇しながらベースを踏んだ分、タイミングはきわどくなった。




そしてまた、1塁審判おじさんの両手が大きく広がる。



その瞬間、まるでスーパーゴールが決まったみたいに、ウワワァァッ!!!と、スタンドが盛り上がった。




苦笑いしながら、藤並君と同じように胸と太ももを汚した平柳君がヘルメットを外しながら立ち上がる。



「…………」




そして無言でぐっと、俺の方に右の拳を突き出した。



よっしゃ、やってやるぜ! 鼻息を荒くして打席に向かう俺にベンチのコーチが声を掛けてきた。




「新井、ちょっとー」




振り返ると、稲木監督、ヘッドコーチ、打撃コーチ、その奥でピッチングコーチもみんな俺の方を見ている。




え? 交代じゃないっすよね?








俺はベンチの首脳陣達に手招きされるがまま、ネクストの輪っかからベンチの方に行くと、打撃コーチおじさんが現れ、俺の側に寄ってきた。



そして、スコアボードの方を眺めながら、俺の背中に軽く手を回す。



「ここが勝負どころだが、変に気負わなくていいからな。………特別サインも出ないし、自分のバッティングをやってこい」



打撃コーチおじさんはそう言って、少し強めに俺の背中を叩いてベンチに下がった。



そして俺は送り出されるようにして打席に向かう。



大したアドバイスじゃないなら、おどかさないでいただきたいです。



「2アウトランナー1、2塁となりまして、打席には2番の新井が入ります。………今日の打撃成績は、ライト線へのタイムリーツーベースに、左中間へのソロホームランを2打席目に放っています」



「藤並君と平柳君が2人ともヘッドスライディングをして気持ちを見せた打席が続いたのでね。新井君も、燃えているでしょう」



「白川バッティングコーチから何かあったみたいですが……」




「狙い球の確認でしょうね。非常にいいスライダーがありますので。真っ直ぐかそのスライダーか。どちらかに合わせなさいということでしょうけど。……まあ、追い込まれるまでは真っ直ぐ狙いでいいと思いますよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る