この間に新井さんはおにぎりを2つ食べた。

「打ったー! 三遊間へのゴロだ! ショート平柳が飛び付くー!!……抜けたー!!」



2アウト3塁。2ボール2ストライクと追い込まれた台湾のバッターの打球が三遊間にしぶとく転がる。



果敢に横っ飛びでキャッチを試みた平柳君のグラブは惜しくも届かず、ボールはレフトを守る俺の目の前に転がってきた。



俺はそれを拾って、飛び付いたところで悔しがる平柳君が中継にいないので、暴投しないように、ワンバウンドツーバウンドで、2塁ベースに入った平君にボールを返した。



「3塁ランナーがゆっくりとホームイン! 台湾が内野ゴロの後、さらにこのタイムリーヒットで2ー2! すぐさま同点に追い付きました!」



初回の、俺のタイムリーがあったり、犠牲フライからの俺のヘッドスライディングがあったりでの盛り上がりとは打って変わって、ため息とどよめきか混ざりあった後に静まり変える妙な雰囲気になった。


そして、3塁ベンチ裏の1000人いるかいないかの台湾ファンの一角だけが飛び上がるようにして盛り上がっている。





「ストライク! バッターアウト!!」




しかし、2アウト1塁となったところで、これ以上の点はやらんと、添田君が意地のピッチング。



3球勝負の見逃し三振を奪うと、またドーム内に日本ファンの歓声と拍手が響き渡った。





「3回裏、日本代表の攻撃は………9番センター、藤並」



台湾に同点とされて迎えた日本の攻撃は9番から。



9番からといっても、バッターは北海道フライヤーズで後半戦大活躍した藤並君。



シーズン前から、フライヤーズの3番打者として期待されていた選手だったが、前半戦は怪我や不振があり何度も2軍落ちを繰り返した。



しかし、後半戦の初戦に代打で決勝ホームランを放つと、そこからは堰をきったように打ちまくった。



終わってみれば、後半戦だけなら打率3割3分9本塁打20盗塁と、北海道フライヤーズの2位躍進の原動力になった選手だ。



足も速いし、送球も正確。1年間フルに出て来たら、ゴールデングラブの最有力選手とも言われている守備の上手さもある。



とにかく塁に出てからもピッチャーにプレッシャーを掛けられる選手ですから、ここはなんとしてしでも塁に出て、勢いをもたらして欲しい。




「ストライク! バッターアウト!!」




残念ながら、ギリッギリのコースに投げ込まれて三振してしまったが。



藤並君はその判定にちょっと不満げで、少しの間バッターボックスに残りながら、今のストライクっすかぁ? と、言いたげな表情をしていた。



球審のおじさんは、十分ストライクだよと言いたげな表情でベンチに戻るよう促した。




「んー………9番の藤並、最後は高めのスプリットに手が出ませんでした」



「ちょっとまあ、抜け気味であまり落ちていなかったんですが………まあ、ストライクゾーンに入っているかと言われたら、どっちにでも取れるボールですけど。


この辺りもね、国際大会というか、普段とは違う審判にジャッジされる難しさでしょうね。日本ではああいった、高めの抜け球の変化球はあまりストライク取りませんからね。特に3つ目のストライクでは……」



「なるほど。その辺りも加味しながら、ボールを選んでいく必要があるわけですね」



「そうですね。普段やっている野球が当たり前と思わないこと。少し不利な判定をされても引きずらないことが大切になりますね。こういう大会は」













「1番、ショート、平柳」




最後は苦笑いしながら主審と何か言葉を交わすようにして、藤並君がベンチに戻り、平柳君が打席に向かう。



「ドンマイ、ドンマイ。切り替えやで、藤並君」



ネクストに向かう俺と藤並君がすれ違う。




「ういっす」



かなりの悔しさはもちろんあるだろうが、それは次の打席で発散してもらおう。





しかしムードとしては、ちょっと嫌な感じなので、カツーンと気持ちいい当たり期待したいところだ。なんなら、ホームランでもいい。




カツーン!!




おお!!







「平柳の打球はいい当たり!!……も、セカンドライナー! ジャンプ1番見事に掴みました! おっと!着地した瞬間にバランスを崩しましたが大丈夫!ファインプレーが飛び出しました! 2アウトです」



1打席目同様、平柳君の打球は右方向へ痛烈な当たりだったが、台湾のセカンドの選手が見事な跳躍の末、クラブに打球を収めるナイスキャッチ。



甘く入ってきたボールだったから思い切り叩けたのはよかったけど、打球に角度がつかなかった。



打った平柳君は2、3歩走り出したところで天を仰ぐようにして悔しがり、投げたばかりのバットを自ら拾ってベンチに引き下がる。



「すんません、新井さん」



少しうつむき加減で、打席に向かう俺に平柳君はそう言った。1回の攻撃のように、平柳君と俺でまた得点のチャンスを作っていきたいところだったからね。



「ドンマイ、ドンマイ。俺に任せとけって」



「じゃあ、お尻触っていいすか?」



「打ってないからダメ」



あろうことか、こやつめ。


慰めにと言わんばかりに、当たり前のように右手を差し出してきやがった。


当然俺は、彼から逃げるようにして足早に離れた。




「2番、レフト、新井」




しかし、2アウトランナーなしか。同点に追い付かれた直後に三者凡退するのはまずいな。台湾に流れがいってしまう。



なんとか出塁しないと。

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