ヘッドスライディングはやっぱり正義なんです。

「ナイスラン、ナイスラン。いいタイミングでの飛び出しだったぞ」



左足で3塁ベースを踏みながらふうっと一息つくと、3塁コーチャーおじさんが馴れ馴れしく俺の肩に手を置く。



「ありがとうございます。コーチも現役時代はあんな走塁をよくやってましたよね」



「アホか。俺ならもっと楽勝でセーフになってるよ。お前のと一緒にするな」



馴れ馴れしくも、プロ通算で250個以上の盗塁を記録した足の速いすごいおじさんなので、俺は恐縮する雰囲気を出しながら、素直にヘルメット越しに頭を叩かれた。




「今のアウトカウントは分かるか?」



「1アウトっす」



「そうだな。……どういうケースが考えられる?」




「4番の棚橋君なんで、犠牲フライがあって、後は内野ゴロとかワイルドピッチとか………」



「そうだな。……普段見慣れていないかもしれないが、棚橋の打球スピードはすごいからな。外野の正面に速いライナーが飛んでも、タッチアップのスタートを切り損ねるなよ。


……内野ゴロもギャンブルスタートでいいから、思い切りよくな。……挟殺プレーになっても、せめて棚橋が2塁に行けるくらいはなんとか粘れよ」




3塁コーチャーおじさんはそう俺に伝える。



ずいぶんと注文が多いなあ。



まあ、そういう場面だけど。







「1アウト3塁。尚も日本代表がチャンスの場面でバッターボックスには、4番の棚橋です。宮崎のえびの高校からドラフト3位で京都パープルスに入団しました。プロ5年目の23歳です。


今シーズン途中から、4番を務め、12球団トップの49本塁打、109打点。187センチ110キロの恵まれた体格から繰り出すパワフルな打棒が今年開花。西日本リーグのホームラン王のタイトルを獲得しています」



「彼の特徴は速いボールに強いところですね。多少詰まったり、差し込まれても、外野まで飛ばせるパワーがありますから、この場合はそういうバッティングに期待したいですね」



「さあ、その棚橋に対して、セットポジションから第1球を投げました! 打ちました! 真ん中高めストレートファウルです。棚橋、初球を強振していきましたが、ここはバックネットへのファウルボールです。146キロのストレート。キャッチャーの構えは外でしたが、高く入りました」



「いいですね、タイミングは合っていますよ。でも棚橋としては、1発で仕留めたいボールではありましたね」






「このピッチャーには、先ほど下林を打ち取った鋭く落ちるボールがありますが、それをどこで使ってくるでしょうか」



「まあ、追い込まれるまで、棚橋はストレート1本でしょう」






きっと4番の仕事をしてくれるだろうと俺は信じていた。


何せ今シーズン、12球団トップの49本塁打を放ったパワーの持ち主。


万年、西日本リーグの下位をさ迷っていた京都パープルスを10年ぶりのAクラスに導いた主砲の棚橋君なら、俺が楽勝でホームイン出来るような打球をカツーンと。


水道橋ドームのスピーカーに直撃するような打球を打ってくれるだろうと、大あくびをしながら待っていたのだが。



3球目、4球目、5球目と、なかなかに打ちあぐねている。



というよりも、ピッチャーが踏ん張っていると言った方があっているかもしれない。



1番の平柳君、2番の俺に投げていた時よりも、数段いいボール。



最初は初めてのマウンドに多少の投げにくさがあったみたいだが、ここまで15球ほど投げ込んで、水道橋ドームの雰囲気やマウンドの感触に馴染んできた感じ。



大柄な棚橋君のストライクゾーンの低め低めにキレのあるボールを投げ込んでいる。



球速も140キロを超え始めて、蹴り上げたマウンドの茶色い土が辺りに舞っている。



しかし、棚橋君も負けてはいない。



相手バッテリーが決めにきたボールをバットに当ててファウルにし、粘る。



日本代表の4番として、簡単に打ち取られるわけにはいかなかった。







勝負がついたのは7球目。



高めのストレートを棚橋は強引に打ち返した。もう体を無理ぐりに開きながら、歯を食いしばりながら、バットを力任せに振り回した。



やや差し込まれ気味ながらも、振り切ったスイングだった結果、打球は右中間にグイーンと上がった。


右中間の真ん中だが、芯では捉えられなかった打球はだいぶ早めに失速。定位置より前に前進してきた台湾のライトを守る選手が落下点にダッシュしながら入ってくる。



俺は3塁ベースに戻り、すかさずタッチアップの体勢を取る。



「ゴー!!!」



ライトの選手が頭上を見上げながら差し出したグラブに打球が入った瞬間、俺は勢いよくスタートを切った。


助走を取りながら捕球したライトの選手からのダイレクト返球がホームにきそうな感じ。



俺はやや下を向きながらダッシュする中で、またもや頭から飛び込んでやろうと、それだけは心に決めていた。



「さあ、3塁ランナーの新井がタッチアップの構えを取ります!」



「いける、いける!」




「ライトが打球を掴んで……新井がスタート!

………バックホーム!!……ライトからワンバウンドでいい返球がきた!………きわどいタイミングだ! 新井はまた頭から滑り込むー!! タッチは………セーフだー!!」

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