暴走? いえいえ、好走塁です。

「新井にとっては代表初打席が、開幕戦の先制点! タイムリーツーベースという結果になりました!2塁へのヘッドスライディングを見せる辺りも彼らしいガッツ溢れるプレースタイルです!


日本代表としましては、今年話題になった、平柳と新井の1、2番2人でいきなり1点を奪った形になりました!


さあ、そしてノーアウトランナー2塁とチャンスは続きましてバッターボックスには3番の下林が入ります。福岡ハードバンクスでは今年ブレイクしました、走攻守揃った期待の外野手です!」




打球がライト線に落ち、ファウルグラウンドの奥っ側に転がっていくのが見えて、1塁を回り2塁に頭から滑り込む。




その瞬間というのは、何事にも変えられないくらいワクワクする時だ。



俺が放った1打が、台湾を代表する選手達の守備を掻い潜り、日本代表というこれ以上ないチームに1点が入り試合が動く。


しかもそれが開幕戦の初回。テレビやラジオで全国中継が始まったアズスーンアズのタイミングで俺のプレーによりいきなり先制点が入り、スタンドが大いに湧く。



チームメイト達がいる1塁ベンチ、拍手しながらホームインする平柳君に向かって、俺は笑顔でガッツポーズをしながら、野球人としての充実感にしばらく浸っていた。





しかし、そんな噛み締めたい時間はすぐに移り変わり、打席には3番バッター。福岡の下林君。


今年、13本のホームランを放った未来の中軸候補。


対戦したことがなく、合宿が始まってから初めて実際に見た選手だが、インコースや低めのボールを引っ張るのが得意なバッターという印象。



ノーアウト2塁ということ場面も、さらに引っ張りに意識が傾くところだと思っていたのだが、相手バッテリーのアウトコース中心の配球に少し苦しむ打席の下林君。


何球かファウルで粘るも、追い込まれてから左バッターのアウトコース低めにすっと落ちる変化球。今までに1番いいコースにボールを投げられてしまい、バッターの下林君はタイミングを崩されながら、ちょこんと合わせるだけのバッティング。



打球は三遊間のショートよりに転がった。





「ショートゴロだ! 追い付いて、踏ん張って1塁へ………」



2塁ランナーである俺の右側を転がった打球。本来なら3塁を狙える打球方向ではないが、送球した瞬間ならば、一瞬チャンスがあると思った。


台湾のショートの選手がグラブで掴んだ打球を右手に持ち替え、送球しようとテイクバックした右腕を振るか振らないかのタイミングで、俺は思い切り3塁へスタートを切った。







走り出しながら、ショートの選手の右腕から白いボールが1塁ベースに飛んでいくのが見えて、俺はよっしゃ! と、心の中でガッツポーズした。



そしてそのまま3塁ベースにダッシュして、馬鹿の1つ覚えで、またヘッドスライディングを試みる。



サードの選手がファーストからの送球を受けて、俺にタッチしたがその寸前に俺は3塁ベースを抱き締めていた。もう、ちゅっちゅっする勢いで。



「3塁へ送球!! ……セーフだ!! またしても新井がヘッドスライディング! 下林のショートゴロの間に新井が3塁を陥れました!」



「いやあ、見事な走塁ですね。ショートが送球したのを確認してからでは3塁はアウトになってしまいますから、それでもショートに先の塁に走ることをもちろん、気取られてはいけませんし、ギリギリの素晴らしいタイミングでのスタートでしたね」





「新井は決して足の速いタイプではないんですが、こういった高い走塁意識はシーズン中からよく見受けられました。今のも1つ間違えば暴走と言われかねないところではありますが……1アウト2塁と1アウト3塁では全く違いますからね」



稲木監督も、彼は打率ばかり注目されるけど、守備や走塁でもよく考えて常に最善のプレー出来る選手なんだと評価していました」






「今の走塁もね、危なっかしいものに見えますけど、実はいくつかの計算があったんですよね。三遊間よりに飛んだことで、台湾のショートの選手は新井君の動きがあまり見えませんでした。



さらにバッターの下林君は足の速い左バッターですから、すぐ1塁に投げなくてはいけない。目線を2塁ランナーである新井君に向ける余裕も牽制する動作を入れる時間も、あまりなかったんですね。



さらに点を取られてまだ初回のノーアウトですから、台湾としてはとにかく早く1つ目のアウトが欲しい。1塁に偽投して新井君の飛び出しを誘うプレーも、ギャンブル的になってしまってやりにくい場面。


2塁に戻られてからでは1塁に投げてもアウトには出来ませんから。



それらのことを計算して踏まえた上で新井君は3塁へスタートを切ったんですよね。そういうタイミングでしたから」




「なるほど。ショートへあのゴロが転がった瞬間に、そこまで考える必要があるんですね」



「そうですね。咄嗟に考えたというよりも、事前にしっかりそういうシチュエーションを頭に入れていての走塁でしょうね。初めての国際試合の中でも、そこまで当たり前に出来て代表選手になれるということでしょうね。しかし、1アウト3塁に出来たのは大きいですよ。4番の棚橋君のところですから」








「4番、指名打者、棚橋」

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